流水落花


□その十四
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毛倡妓は夕食の支度を終えて、広間へと向かっていた。
奴良家の食事は広間で取る。お腹をすかせた妖怪たちが待っているはずだ。
奴良組本家に所属する妖怪に対して、夕食を給仕する側の頭数が少ない。
これは今に始まったことではないが、せめて台所から広間への給仕を男手にも協力してもらおうと、広間に集まる彼らを呼びに行くところだ。




「首無〜」

庭先では首無が掃き掃除をしている。

「毛倡妓、夕飯かい?」

「そう、お膳を運ぶの手伝ってちょうだい」

「わかった」

首無はいったん箒を隅に寄せて、台所へ向かう。

通りすがりに玄関と、それから門の方を見る。そのしぐさに気が付いたのは毛倡妓だ。

「リユキ様はまだ帰ってこられないの?」

「はは、毛倡妓には敵わないな・・・」

首無がこの時間に庭の掃き掃除をするのは、彼女の帰りを待っているからである。
自分たちを組に引き込んだ二代目の長子、リユキ。首無と毛倡妓は幼少期の彼女の世話係を仰せつかっていた。
今でこそ、若頭であるリクオの側近として、リユキの身の回りの世話や、屋敷の外での護衛はしないが、幼いころより見守ってきた彼女を慕う気持ちは変わらない。




台所と広間を何度か往復し、膳を取りに台所へと向かう途中の玄関前、首無はまた門をちらりと見た。

そこには、首無の望む者の姿があった。
しかし、何やら様子がおかしい。首無は急いで彼女の元へと向かう。

「リユキ様!」

リユキは門の柱に片手をついて、身体を折って苦しそうに息を整えていた。
全力で走ってきたとでもいうように肩で息をしている。

「く、びなし・・・」

首無の呼びかけにわずかに上げたリユキの顔はひどく青ざめていた。
息を整える身体とは裏腹に、顔色が悪い。

「何があったんですか」

訊ねながら、首無はリユキに手を貸す。

おそらく走ってきたリユキは、何かに追われていたのかもしれない。本家の外を警戒するように一瞥し、屋敷の中へリユキを連れて行く。


とりあえず、リユキを玄関先に座らせて、その息が整うのを待つ。

「今お水をお持ちします」

そう言って、その場を離れようとした首無の着物をリユキが掴んだ。

「くび、なし・・・たすけて・・・」

やっと搾り出した声は決して大きいものではなく、かろうじて首無に聞こえる程度のものだった。
立ち上がろうとした首無は、その声と言葉に動けなくなる。覗き込んだ顔には涙が一筋見えた。



ただ事ではない。首無はそこで漸く、彼女が一人だということに気が付いた。

「リユキ様、猩影はどうしたのです?」

「猩くんが・・・池に、連れて行かれてしまった」
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