流水落花


□その十五
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「猩くーん」

リユキは迷子になってしまった。まさか高校生になってまで迷子になるとは思わなかった。
よりによって、猩影とはぐれることになるとは思っても見なかった。

ここはネオンが輝く一番街。先の戦いで窮鼠の支配を免れはしたが、一番街を行き交うのは妖怪だけではない。娯楽を求める人間たちもここに集う。


時間は少し遡る。
リユキは猩影とともに帰宅するところだった。
この日、リユキはぬら組系妖怪の治癒に赴いた。学校から本家へ帰宅したリユキは、門のところで待ち構えていたぬらりひょんに、治癒に赴くよう言われ、制服姿のまま目的地に向かった。

リユキは治癒した先で奇妙なことを聞いた。

なんでも、大怪我を負わされたのはその組の幹部であり、手練であった。戦闘には慣れているはずだった。
しかし、大怪我を負うことになってしまった。
しかも、相手は人間だった、と。


妖怪が普通の人間に力負けするとは到底思えない。
もし、それが可能であるというなら、その答えは一つしかない。陰陽師である。

リユキはリクオの友人である花開院ゆらのことを思った。しかし、旧鼠にすら敵わなかったゆらが、訪問先の妖怪に大怪我を負わせられるとは考えられない。

そう考えるのは猩影も同じだったようで、彼は屋敷を後にしたタイミングでリユキに注意を促した。

「もしかしたら、他にも陰陽師がこの町にいるのかもしれない。絶対に一人になるなよ」

こくんと頷くと、猩影はリユキに触れようと片手を持ち上げた。
しかしその両手には治癒のお礼にと大量にもらったお土産が下がっていて、リユキに触れることが叶わない。
わずらわしそうにする彼をみて、リユキは何度目になるかわからない提案をする。

「片方持つってば」

「いや、いい。これくらい」

決まって猩影はその申し出を断る。だからこのとき、ふたりは手を繋いでいなかった。
リユキは空いた手を持て余していた。


辺りは夜の帳が下りたころだった。
帰宅ラッシュの時間帯。街を行き交う人が増え、一層賑わっていた。駅前を通りかかったとき、丁度電車が到着したようで、帰宅途中のサラリーマンが一斉に改札を抜けてくる。
リユキと猩影はその波に飲み込まれてしまった。ふたりは駅を利用したわけではなく、その前を通り過ぎようとしていた。人の流れを横断する格好となり、それが叶わずにリユキと猩影は離ればなれになってしまった。


ここで冒頭に戻る。



「猩くん、探してるよね」

リユキは自分がどこにいるのかわからなかった。
流されるままに歩いてきてしまった。まったく情けない話だ。リユキにはぬらりひょんの血が4分の1も流れているのに、その特性を生かせていない。
のらりくらりと人の家に勝手に上がりこむことを得意とするのにも関わらず、人の波に飲み込まれたなんて、とてもじゃないが祖父には言えまい。

それにこの日に限ってケータイは持っていない。なぜなら、帰宅後すぐに出発したためにケータイは鞄に入れたままになっていた。

精々歩き回って知っているところに出る他いい方法はない。どこかに目立つところはないだろうか、そこで猩影を待とう。
人が多くいるところならば、猩影の長身は逆に目印になる。そんなことを考えながらリユキは顔を上げて、辺りをよく見ながら歩く。



そしてリユキは一番街にたどり着いた。





「あ〜〜むかつく〜!あいつのどこにモテる要素があるってんだ?俺だって特攻隊長だってーの!!」

青田坊は、黒田坊と別れ一番街を徘徊していた。入ったパブで黒田坊ばかりがちやほやされて、それに気を害した彼は別行動を決めたようだ。

青田坊と黒田坊はぬら組の特攻隊長であり、先の四国戦ではそれぞれがそれぞれの役割を果たした。
若頭であるリクオの側近であり、親分子分の杯を交わした今では立派な若頭の下僕である。立場は同じであるはずなのに、どうして青田坊より黒田坊はモテるのか。
青田坊には理解できないところだった。

むしゃくしゃして、ネオンの下を闊歩する。
どこかで飲みなおそう。このまま本家に帰るのでは気が治まらない。青田坊はきょろきょろと酒場を探しながら、歩いた。

しかしなかなか好みにあうような酒屋は見当たらない。黒田坊と入った店が恨めしい。そうしている内に、青田坊はこのネオンにはあまりにも似つかわしくない人物の姿を視界に捉えた。

「ん?あれはリユキ様・・・?」





「リユキ様、どうしてこんなところに?」

リユキは、突然声を掛けられて一瞬驚くが、それがよく知るものだと気づくと肩の力が抜けるのがわかった。
よく知らない場所に一人きり、これは案外緊張する。

「青!よかったー」

「どうかしたんですかい?」

「あ、の。その・・・猩くんとはぐれちゃって」

リユキは迷子になった旨を正直に伝えた。

「こりゃ、猩影の野郎も相当慌ててるだろーな。本家までお送りします。そしたら連絡もできるんですよね?」

「それはありがたいけど、青は大丈夫なの?」

リユキは青田坊の時間を奪ってしまうことを心配している。街に出てきているのだ、なにか予定があるのではないか。

「なーに言ってんですか。こんなところにお嬢を放っておいたら、組のものにどやされますよ」

青田坊は言いながら苦笑する。
首無や毛倡妓あたりが冗談じゃなく攻撃してきそうだ。

「ごめん、じゃあお願い」

リユキもそれが想像に容易いのか、同じように苦笑する。
とはいえ、安堵していた。青田坊に会わなかったら、まだ当分猩影を見つけることも家に帰ることもできなかったかもしれない。
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