流水落花
□その十八
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「ん・・・」
「っリユキ!リユキ!!」
握っていたリユキの左手がわずかに動いた。猩影はそれを見逃さず、リユキの顔を覗き込む。
「リユキ様!」
「リユキ様!!」
リユキがゆっくりと目を開ける。
色を持った世界が見えた。やっともとの世界に戻ってこれたようだ。
やけに冷静な頭でそう考えて、瞬きを繰り返す。
そうして、慣れてきた視界には、ずっと会いたかった人たちが映っていた。
「しょ、うくん・・・」
思いのほか掠れてしまった声に驚く。
「やっと、会えた」
リユキは穏やかに笑む。
「リユキ」
「リユキ様」
「ぜん、くん・・・首無、毛倡妓・・・」
「リユキ!!」
見えた人を順番に呼んでみる。そうしているうちに、猩影がリユキを抱きしめた。いや、抱きついたと言った方が正しいのかもしれない。
「くるぅぅああ猩影!退け!!リユキが潰れちまうだろうが!!ゲホッゲホ・・・」
「猩くん・・・鴆くん、大丈夫?」
勢いよく抱きついてきた猩影の顔こそ見えないが、その身体はわずかに震えている。猩影を一喝した鴆も、そして見守る首無や毛倡妓もその目に涙を浮かべている。
「リユキ、よかった!本当によかった!!」
猩影は漸く身体を離すと、ズビっと鼻音を立ててそう言った。
「リユキ様!目が覚めてよかったです。本当に心配しました」
「リユキ様、体調はいかがですか?」
「へーき。それで、あの・・・」
「何です、リユキ様?」
「わたし、一体どれくらい眠っていたの?」
「半月ほどです」
「そ、そんなに!?」
そんなにも時間が経っていたとは思わなかった。
「ああ。おいおまえら診察をするから出て行け」
そして鴆はリユキの診察をすべく、妖怪たちを追い出そうとした。
「あの、もう大丈夫なの。もう、身体は大丈夫」
「何言ってんだ、リユキ。お前どれ程の怪我を負ったのかわからねぇのか」
「陰陽師の攻撃による火傷、ですよ」
毛倡妓がいつになく真剣な顔でリユキに言う。彼女はリユキにずっと付き添っていたので、その傷の度合いや発熱、それにリユキが苦しそうにしていたことを知っていた。
「本当に大丈夫なの!ほら」
ほら、といっては丁寧に巻かれた包帯を解いた。そこには火傷は跡形もなく消え、本来のリユキの素肌があった。
「はぁ?!ウソだろおい!リユキ、どういうこった」
鴆はいくら自分の薬の効能がよくても、火傷の痕が残ってしまうことを憂いていた。それが見事にないのだ。
そしてリユキはあろうことか立ち上がろうとする。しかし、怪我云々ではなくとも二週間以上眠っていた人間が普通に立てるはずもなく、よろめいてしまう。
「おっと。リユキ無理すんじゃねぇ」
猩影が支え、そしてせめてもと布団の上に座らせる。首無や毛倡妓も驚きやら心配やらでおろおろとしている。
「おう、リユキ。調子はどうだい?」
そうこうしているうちにぬらりひょんが、リユキの目が覚めたという知らせを受けて部屋にやってきた。
「おじいちゃん」
ぬらりひょんはリユキに近づくと、そっと頭を撫ぜた。
「よく・・・生きててくれた」
「おじいちゃん・・・ごめんなさい」
そしてリユキは眠っている間に会った人のことと、傷が癒えたことの理由を話した。
「そうか、珱姫がな・・・」
リユキの話に誰もが信じられないような表情をする中、ぬらりひょんだけは違っていた。珱姫と話したことを聞き、優しそうに嬉しそうに微笑みを浮かべた。そして傷が短期間で癒えたことにも彼だけはすぐに納得してくれた。
「にわかには信じ難いことですが・・・」
「でも実際リユキ様の傷は癒えていますし・・・」
その場にいる他の者たちも徐々にその有り難い事実を理解していった。
「おばあちゃんが『妖様によろしく』って言ってた」
そうリユキが言うとぬらりひょんは一層笑みを濃くした。
ぬらりひょんのことを「妖様」と呼ぶのは珱姫だけだ。そしてそれをリユキが知るはずもない。
もっとも、ぬらりひょんをはじめ、奴良組のなかでリユキの言葉を疑うような輩はいないのだが。