流水落花・・・番外編
□四国後記−黒羽丸−
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その夜は静かだった。
鋭く尖った月があるだけで、よく晴れた空には雲一つなかった。
リユキはそっと部屋を抜け出した。音を立てぬようそっと、ふすまをしめる。
続く廊下を枝垂れ桜の見えるところまで、後ろの祖父の部屋に気を遣いながら腰を下ろす。
月が明るく桜を照らしている。
何をするでもなく、リユキは桜を眺めていた。リユキはそうしているのが好きだ。
いつもは騒がしいこの家もここだけは、他から切り取られたように静かだ。もちろん、花見を楽しむときは大いに賑わうし、リユキがここへ一人やってくるのはこうした静かな時間を敢えて選んでいるというのもあるのだが。
ふいに、桜の枝が揺れ、風が出てきたのかと思うと、次には地面に見知った影がうつっている。
控え目に呼ぶ声は少し高い位置から発せられた。
「リユキ様」
「黒羽丸」
彼は静かに着地した。
「眠れないのですか。ここは冷えますよ」
「ちょっとだけ。黒羽丸は見回りの帰り?」
「ええ、遅いですから報告は明日します」
報告のことなんて聞いてないのに、彼はそれを口にした。マジメなところは尊敬している。
「あ、そうだ」
せっかく会えたのだから、ついでとは言え伝えなくては。
「黒羽丸、それからささ美とトサカ丸にはお礼を言わなければと思っていたの。助けてくれてありがとうございました」
「え、あ、リユキ様頭をあげてください!任務ですから」
黒羽丸は慌てた。まさか礼を言われるとは思ってもみなかった。
「でも私の愚痴を聴くなんて任務はないでしょう?」
黒羽丸は、リユキが猩影とケンカした日のことを言っていると気づいた。
それでも彼女に礼を言われるのは黒羽丸にとって居たたまれなかった。
「たとえ任務でなくとも、リユキ様が悲しんでおられるのを放ってはおけません」
あまりにもきっぱりと言い切るものだから、リユキは苦笑する。
「はは、そっか。ありがとう。いつも気にかけてくれるよね」
黒羽丸は意図せず頷いてしまった。気にかけているのは本当のことである。その言葉に深く考えずに肯定した。
「あ、いえ。その・・・」
肯定してしまったあとで、謙遜しなかったことに思い至って彼は再び慌てることになった。
「本当のことだよ」
慌てる黒羽丸に、リユキはクスっと笑う。
「トサカ丸もささ美も。だからあの時、気づいてくれた」