記念部屋でござい

□二周年企画・好きっていいなよ〜主の奮闘〜
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それが仁吉を、綺麗から美しいに変えたのだと思う。
一太郎にはまだよく分からなかったが、それはとても魅力的で、何だか儚いようにも見えた。
それから一太郎は、仁吉を意識するようになった。




しかし直に、一太郎は想いを諦めるようになった。
それは、一太郎が10歳になった時だった。
秋から冬に代わる頃のことだった。
仁吉の母親が、急逝したのだ。
交通事故だった。
夜間に買い物に出た折りに、横断歩道を渡っていたところを、泥酔したドライバーが運転する車に跳ねられた。
あまりにも日常茶飯事な、地方新聞で、やっと数行の記事で報じられるような出来事。
しかし、被害者を知る人々の心には、一生消えぬ疵を残す出来事。
そんな大事が起きても、いつものように昇った太陽が、いつものように忙しなく行き交う車や人々が、一部も変わらない世界の光景が、一太郎は酷く恐ろしかった。
一太郎は仁吉の母親の笑顔が好きだった。
仁吉とそっくりの、口の端を少しだけ上げて、とても綺麗な目で喜びや慈愛などの温かな情を示す、魅力的なその笑みが好きだった。
しかし、もう一生、その笑顔を見ることはできないのだ。



式の間、仁吉は泣かなかった。
母親が入った柩の傍らで、父親や兄と共に弔問客に頭を下げていた時も。
読経の間も。
出棺の時も。
仁吉はすっと背筋を伸ばし、毅然としていた。
柩に入った母親の姿を見て取り乱す一太郎を、優しく宥めてくれるほどに冷静だった。
それが全て作り物の姿だと知ったのは、母親の遺体が火葬場に運ばれた後のことだった。
遺体が燃やされるのを待つ間、参列者らは控え室で待機することになった。
仁吉の母親は小柄な女性であったが、それでも火葬には2時間程かかった。
一太郎は火葬が終了するまで焼き場にいたかったのだが、寒いからと早々に控え室に送られてしまった。
控え室では通夜振舞いが出されたが、ただでさえ細い一太郎の食欲は糸ほどになってしまっていて、ほとんど箸をつけることができなかった。
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