記念部屋でござい

□二周年企画・好きっていいなよ〜主の奮闘〜
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ふと気付くと、控え室に仁吉と佐助がいないことに気が付いた。
いつもは二人が隣にいてくれるのだが、今一太郎の隣にいるのは、父が彼につけた会社の側近である。
どうしたのかと思い、一太郎は二人を探しにいくことにした。トイレを口実に控え室を抜け出し、廊下に出る。
まずは焼き場に向かおうかと足を進める。
その途中、中庭を横切る通路があった。
中庭には、松林があった。鬱蒼としているわけではないが、通路を歩いている人からは見えない、そんな木々の群れがあった。
その先から、一太郎は人の気配を感じた。慣れ親しんだ、いつも身近に感じているそれだったから、一太郎にはすぐに分かった。


そっと通路を戻り、廊下から中庭に出るドアに向かう。
なるべく音を立てないようにドアを開け、中庭に足を踏み入れる。
すると、押し殺したような、人のすすり泣きが聞こえた。
松林からだった。
気付かれないように泣き声のするほうへ近付く。
そして、松の枝に紛れ、そっとその奥を窺うと。


仁吉と佐助がいた。
仁吉は佐助の胸に顔を埋め、泣いていた。
顔を真っ赤にして、後から後から頬を伝い流れる涙を拭おうともしないで、泣いていた。
佐助の肩越しに見えている仁吉の顔は、人の目など気遣う様子もなく、ぐちゃぐちゃであった。
それまで一太郎や参列者に見せていた落ち着き払った表情は、そこには無かった。
佐助はそんな仁吉を周囲から隠そうとするように、両腕と広い胸で、彼を包んでいた。


「仁吉。」


佐助の声がする。
逞しくて暖かな、聞くものを安堵させる声である。
仁吉が答える声はしない。
しゃくりあげるような、嗚咽混じりの、今まで一太郎が聞いたことのないような泣き声だけが聞こえた。
こんなにも弱りきった仁吉の姿を、一太郎は今まで見たことがなかった。
そして、彼にとって母親の死がどれ程辛かったのかを、今更ながらに思い知った。
小さな子どものように泣き続ける仁吉。
佐助はその背を撫で、ずっと仁吉の体を抱き締めていた。


仁吉の泣き声と、時々佐助が仁吉の名を呼ぶ声だけがする空間。
そこが唯一、仁吉の泣ける場所だった。
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