記念部屋でござい
□三周年企画・最近うちの犬の様子がちょっとおかしいんだが
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長崎ロジスティクスは、貿易業の大手の長崎商事が抱える運送会社である。
設立は、長崎商事が前身の長崎商会から社屋を改めた頃であり、そこそこ歴史のある企業である。
そこでは、三十名の運送スタッフが働いていた。
「永代ぉ、飲みに行こうぜ。」
長崎ロジステックスのスタッフルームである。
威勢のいい声とともに一人の大柄な男が入ってきた。
歳は40代半ば、日に焼けた小麦色の体はがっしりしていて、漁師を彷彿とさせる。
「松さん、永さんなら20分くらい前にもう帰りましたよ。」
スタッフルームの長机でお茶をすすっていた男が言った。
こちらは20代前半であろうか。子犬のような、人なつっこい顔立ちをしている。
「帰った?本当か、タク。
あの男が定時に帰ったなんて、信じられん。」
「松さんもそう思いますか。しかも、真っ直ぐ家に帰ってるみたいなんですよ。
ジムにも居酒屋にも行ってないみたいです。」
「タク」と呼ばれた若い男が言った。
「帰宅っ!?健全な若い男が、酒も女もひっかけないで帰宅かよ!」
「松」と言う男は素っ頓狂な声を上げた。
「何があったんだ?永代。あいつ、アパート帰るのいつもいやがってたじゃねぇか。」
「嫌がっていたかどうかは分かりませんけど…飲み会とか残業とかで、最後まで残ってる方でしたよね、永さん。」
「そうだよ。無遅刻無欠勤で残業の鬼、仕事中毒のあいつらしくねぇ。」
「まぁ、変なのは確かですよね。ここんところの永さんは。
味の趣味も、何かがらっと変わっちゃったし。」
松もタクも揃って首を傾げる。
永さんこと永代とは、彼らと同じく長崎ロジティクスの社員の永代佐助である。
2メートルに届かんという長身と、日々の運送業務とジムでのトレーニングで鍛えた逞しい体躯で人の目を引く男だった。
その永代佐助の様子がおかしい、と、同僚達は密かに話し合っていた。
「そうそう。あいつ大蒜断ちしてんだよな、最近。
角にあるつけ麺屋はあいつの行きつけだったのに、近頃昼飯にすら行かねぇ。」
「てか、最近外食自体してませんよね、永さん。
毎日弁当と飲み物持参してます。」
「ああ。俺も見た。節約のためとか言ってたがな、あんな凝った料理あいつに作れると思うか?」
「いいえ。それ何すか、って以前おかずの名前聞いたら、すっごい噛み噛みで訳の分かんないカタカナ語言ってました、あの人。」
「自分で作ってねぇのか…。あいつ実家は近いのか?」
「いやぁ。実家は都内じゃないはずですよ。親父さんもここでハンドル握ってたそうですけど。」
「じゃあ母親じゃない…ってことは。」
松とタクは顔を見合わせ、
「女か。」
と異口同音に言った。