記念部屋でござい

□三周年企画・最近うちの犬の様子がちょっとおかしいんだが
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「い、いやいや待て待て。永代には妹がいたよな?
そいつかもしれないぞ。」


「妹が兄貴なんかの部屋にどうして転がり込むんですか?
第一、永さんの妹さんなら、恵比寿のアパートで悠々自適の生活してますよ。」


「お前詳しいな。タク。」


「先月まで付き合ってましたから。…で、振られました。」


「……気にすんな。恵比寿レディなんざ、お前にゃ高嶺の花だったんだ。」


タクのしょぼくれた背中を、松がぽんっと優しく叩く。


「ともかく、だ。妹の線は消えたわけだ。
やっぱり女が濃厚かぁ。
実感わかねぇなぁ。どうも俺ぁ、高卒でここに入ってきた時のあいつの印象が強くてなぁ。」


松は思い出す。
それは四月の初め。


「今日からこちらで働かせていただきます、永代佐助です!
よろしくお願いします!」


他の新入社員の誰よりも威勢良く、溌剌とした笑みで言った永代佐助。
平素は無口で、滅多に自分の考えを話さなかった。
しかし、咄嗟の判断力と、雷にも動じないような肝の据わった性格に、誰もが頼もしさを感じた。
年上のはずの同僚までもが、永代を「兄貴」と密かに慕っていた。
豪快で、何事に対しても動じない芯を持った男。
それが松の、永代佐助への評価だった。
その佐助が、一人の女の存在によって悉く変えられてしまう、という事態は、どうしても想像できなかった。


「まぁ、俺も俄には信じられませんよ。
けれど、男に惚れられる男って、女にも人気高いですからね。
うちの女子だって、永さんファンは多いですから。
女がいたと分かった日には、次の日女性社員大半が仕事来ないんじゃないですか?」


「かぁーっ。俺もそんだけ女にちやほやされてみてぇな。
まぁ、あいつは通ってるジムでも人気者だし仕方ないか。
相手は誰なんだか。」


「あれじゃないっすか?ほら、かなり前ですけど、居酒屋で永さんが女の子と一緒にいたことあったでしょう?」


タクが言ったのは、年明けの出来事のことだ。
あの日は、松とタクの二人で、遅い新年会をしようと居酒屋に入った。
すると、偶然にも佐助が女と会っている場面に出くわしたのだ。


「ああ、あのモデル体型の背の高い女子か。
しかしお前、あの時二人は確実に言い争ってたぞ。
最後は、女子の方が永代に酎ハイぶっかけて出て行っただろ?」


「いやいや。女の方がそこまで感情的になるってことは、何かがあったんすよ。
あの永さんが普通に女泣かすとか、まず有り得ないっしょ。」


「そうだなぁ…。と、すると、最有力候補はあの女子か。」


「永さん羨ましい…。彼女と同棲、してんだろうなぁ、もう。
手作りの弁当毎日作ってもらってるくらいだし…。」


いいなぁ、とタクは情けない声を上げる。
すると、突然部屋のドアが開いて、同僚の男が二人、顔を出した。


「あっ、たっちゃんに哲さん。」


「何だ何だ、永代ようやく色気付いたのか?」


「しかも、これまで女の影もなかったのにいきなり同棲とか。同僚としては放っておけないな。」


口々に話す二人の顔からは、野次馬根性がありありと見て取れた。


「えっ?放っておけない、って…二人とも、何をする気ですか?」


「決まってんだろ。」


「みんなで永代のアパートに押し掛ける。」


「ええっ!それって、彼女に迷惑かけませんか?」


「永代は怒られるだろうな。だが、もとはと言えば自業自得よ。
同僚の俺たちに黙って女作ってたあいつが悪いのさ。」


「哲。出歯亀も大概にしろよ。」


「松さんはいいんですか。新人の頃から可愛がってやってたのに、永代のやつ、松さんにも女のこと言ってないんですよね?」


「あっ?」


後輩の悪趣味な発案に眉をひそめていた松であったが、その時ぴくりと、太い眉を引き上げた。
哲はその変化を見逃さずに、畳みかける。


「いいんですか。あいつこのまま放っておくと、俺達に一言も告げないまま、籍入れちまうかもしれませんぜ。
そんな不義理な男に、あいつをしちゃってもいいんですか?
永代だって、一度懲りれば、これまでのように、隠し事をしない気のいい奴に戻ってくれますって。
松さんだって、目をかけてる後輩とは、何の蟠りもなく付き合いたいでしょ?」


哲に言われ、松の心は揺れた。
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