記念部屋でござい
□三周年企画・最近うちの犬の様子がちょっとおかしいんだが
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午後七時。
都内某所のアパートの一室では、一人の男が窮地に立たされていた。
「佐助っ。何度も言わせるな。私は絶対に、そんな悪趣味な服は着ないからな!!」
京橋仁吉は、その麗しい容姿を怒りで歪め、必死に抗議していた。
「そんなっ。頼むよ仁吉!折角のハロウィンなんだから、仮装しよう!」
そう仁吉に迫っているのは、彼の幼なじみの永代佐助だ。
佐助の手には、某ハンズのシールが張ってある、仮装用のコスチュームが入った袋が握られていた。
袋の表面には、コスチュームを身に付けた外人モデルが、にこやかに笑った写真が貼られている。
「仮装なんてしない!そもそも、それは女性用じゃないか!」
「きれいなお前なら、何だって着こなせるよ!」
「できるできない云々じゃなく、私は着たくない!」
「可愛らしいだろ?魔女っこの衣装だ。」
「成人男性が魔女っこ気取りで仮装するなんて、この上もなくイタい光景で泣けてくるわ!」
「何でイタいんだ?
見ろ、この谷間のカット。お前の綺麗な胸筋が絶妙な角度で見られる。
袖無しだから、その引き締まった腕の美しさが存分に引き立てられるし。
上と下がセパレートになってて、お前の締まったウエストも見られるし、何より下のタイトなショートパンツは、履けばお前の見事な生足が拝みたい放題…」
「お前いっぺん死んでこい!」
仁吉が真っ赤な顔で佐助を殴る。
「いたっ!!仁吉、いいじゃないか。
ハロウィンは全国共通のお祭りだろう?皆で祝おう。
お前だって、留学先で祝ったろ?」
佐助が涙目で訴えると、仁吉はため息を付いた。
「佐助。ハロウィンに仮装して盛り上がるのは、アメリカで突出した習わしだ。
ハロウィン発祥のイギリスでは、仮装なんて、今はまずしないよ。」
「えっ?そうなのか?」
「そうだよ。あっちに行って間もない頃、そのことでよく笑われたものだ。
確かに、ハロウィンの発祥はイギリスだけど、派手な仮装をしてパーティーをしたり、南瓜でジャック・オー・ランタンを作るのは、むしろアメリカの方が盛んらしい。」
「ほぉ。そうなのか。」
「ジャック・オー・ランタンも、初めはカブで作っていたらしい。」
「カブ!?あんな小さいのに彫ってたのか!」
「みたいだ。とにかく、今はあまり、イギリスではハロウィンはメジャーではないらしい。」
「発祥の地なのに、なんか勿体ないな。」
「地元って、そんなもんじゃないのか?
ああ。思い出すだけでも恥ずかしいな。
日本で行われているハロウィンの話をしたら、『仕方ないな。日本の、世界のスタンダードはアメリカだから。』って、笑われたんだよ。
自分の見識の狭さを思い知った感じだった。」
「海外留学の洗礼、ってやつかな。」
佐助は、赤くなった顔を軽く押さえて嘆く仁吉を、楽しそうに眺める。
「?何だ、佐助。」
「やっとお前、留学してた頃のことを、気楽に話せるようになったんだな、と思ってさ。」
「!」
仁吉は切れ長の目を見開き、佐助を見た。
「………まだ、全然平気ってわけじゃない。」
仁吉が視線を逸らして口早に言った。
「だろうな。俺も、すぐに立ち直るなんて思ってないよ。
ただ、忘れてほしくない。
お前が自分の意志でイギリスに言ったのは事実なんだ。
そして向こうで生活していたのもそうだ。
それを全て無かったことにしてほしくはないんだ。」
「佐助…。」
「つまらないろくでなし一人のことだけで、あの時の思い出を封印すんなよ。
勿体ない。
お前が居ない寂しさに耐えていた、坊ちゃんと俺の苦労だって、報われないだろう。」
最後はおどけたように言って、佐助は仁吉に口付ける。
仁吉も素直にそれを受け入れ、しばし、互いの唇をむさぼりあった。
ふと、外でインターフォンの音がした。
「…佐助。」
「……。」
「ほら…。出ないと…。」
「どうせ新聞かなんかのセールスだ。」
佐助はそう言って、仁吉の腰を放そうとしない。
「違ったらどうするんだ?」
「……。」
「佐ー助。」
「…………。」
「出ておいで。」
仁吉に命じられて、佐助はしぶしぶ玄関に出た。