記念部屋でござい
□三周年企画・最近うちの犬の様子がちょっとおかしいんだが
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突然の来訪に、仁吉と佐助は急遽冷蔵庫内の食材をかき集めた。
結果、根野菜のシーザーサラダに、ミートボールのクリームソースがけ、ミネストローネ、鶏胸肉のジンジャーソテーと、とても即興で作ったとは思えない出来の品々が興された。
「おお、すごい!」
四人は並べられたご馳走を前に、健啖ぶりを存分に発揮した。
男達の胃袋が満たされるに連れ、佐助の身に降ってわいたゴシップは見る見る鎮静化していった。
「従兄弟?こんな男前の親戚が永代にいたなんて、信じられん。」
「外国帰りなんすか?そっか。だからカタカナ語の料理得意なんすね。
この肉団子、めちゃうまい。」
「去年帰国したんですけど、定職にも付いてなかったし、お金もほとんど無くて。
取りあえずアパートを借りようと思ったんですが、家賃が払えなくて、本当に困っていたんです。
それで、従兄弟のよしみで、この永代さんのアパートに転がり込みました。」
いかにも頼りなさげな笑みで、仁吉が言った。
すると、佐助の同僚達は揃って仁吉に同情した。
「分かる!分かりますよぅ。
俺も、就職する前に実家から出ようとしたんですけど、本当に、どこも部屋貸してくれなくて!
入居者募集中って書いてあるのに、俺が行ったら、みんな『ちょっと前に借り手が決まった』と、判で押したように言ってくるんすよ!」
「留学してたのか…。そうすると、就活競争には乗り遅れちまうよな。
向こうと違って、こっちは既卒者にえらく冷淡だから。辛かったろうに。」
哲が気遣うように仁吉の肩をたたく。
「もう仕事は決まったのかい?」
「ええ。何とか。けれどまだ、収入が安定していないので、当分永代さんのご厄介になると思います。」
「おお。かまわねぇよ。こんな狭いところでいいなら、いくらでも居ていい。」
自分が家主でもないのに、松が言った。
佐助は何か言ってやりたかったが、いつまでも仁吉に居てほしいというのは本音であったので、黙っておいた。
「永さんの弁当は、京橋さんが作っていたんすか?」
タクがミネストローネのお代わりを要求しつつ聞いた。
「はい。居候の身で何もしないのは気が引けたので。」
お代わりをよそいながら、仁吉がそつなく返す。
「良かったっすねぇ、永さん。専属シェフしてもらえて。」
「シェフって…、おい。仁吉は使用人じゃないんだぞ。」
「まぁまぁ、永代。タクも俺らも安心してんだよ。
お前、以前はコンビニか外食ばかりだったろうが。」
「!…哲さん、俺、夕飯は一応作ってましたよ。」
「お前、夕食時に帰宅したのなんざ数えるほどしかなかったろうが。
残業で日付またいだことも数知れずだろ。」
「へぇ。」
同僚の話に、仁吉が興味深げに耳を傾ける。
「こいつは仕事中毒でな、入社して二年目から、かな。残業ばっかで、家には本当に、寝に帰ってきてるようなもんだったんだ。」
「そうなんですか。」
「松さん。」
「仕事がない時はジムか居酒屋にいましたよね?帰りたくないってか、家を避けてたみたいで。」
「たっちゃん!勘弁してくれよ。」
「女の影もないし、クラブにも行かない。全く、見ていて気の毒になるほどの生真面目な生活ぶりさ。
まだ20代なのにな。」
「あんたが来てくれて良かったよ、京橋さん。
誰か同居人がいりゃ、こいつのゆるみがちな日常生活のネジも締まるだろうからな。」
お守りをよろしくな、と松は仁吉の手を握った。
仁吉はにっこり笑って、私にできることであれば、と応えた。