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□鬼は内福も内
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「仁吉。この水夫がどうかしたのかい。お前が他の使用人をこの離れまで連れてくるなんて珍しいね。」
長崎屋の若だんな、一太郎は手代の美しい横顔に向かって声をかけた。
一太郎は生まれついての病弱で、病のために伏せってしまい、店がある母屋よりも離れの自室にいることのほうが多かった。
「若だんな、実はこのお方は、人ではございません。」
仁吉ははっきりと告げた。しかし、一太郎はさして驚く様子を見せず、
「あれま、そうなの。」
と言っただけだった。
祖母が大妖で、その縁で幼い頃から妖と接していた若だんなにとっては、妖とは常に近くにいるもので、特殊な存在ではなかったのだ。
すると先程から黙っていた水夫が、つけていた頬被りを徐に外した。
(あっ。角だ。)
露わになった額の不自然な盛り上がりを見た一太郎は思った。
「お初にお目にかかります。長崎屋一太郎殿。
私は地獄の十王が一人、閻魔大王を補佐しております、鬼灯という者です。」
水夫を装っていた男はそう告げると、深々と頭を下げた。
真っ黒の髪に赤い瞳。よく見ればかなり背が高い。
「閻魔様の補佐官でいらっしゃいますか。」
「はい。本日はこの世の人々の行いを視察するために、勝手ではございますがこちら様の人夫に紛れて仕事をしておりました。」
「おや。そうだったのですか。地獄から遠路はるばるお越しいただき、大変でしたでしょう。
どうぞゆっくりしていってくださいませ。」
若だんなが頭を下げる。
「いえいえ。お気遣いなく。あくまで今は人足の身。視察が終われば勝手に帰ります。」
「そうでございますか。それでは、蔵内なども見ることが出来るように手配をいたしましょうか。」
「それには及びません。あくまで、働いている人々の姿を視察できれば良いのです。
それと、これは少し別件になるのですが…。」
鬼灯はここで言葉を切ると、仁吉に目を向けた。
「そちらのお方は白沢ですね。」
「?はい。如何にも、そこに控える手代の本性は白沢ですが。」
一太郎が答えると、鬼灯は鋭い目をして仁吉に近付いた。
「先日、白澤と名乗る白い服の軽薄な男に依頼されて、薬を作りましたね?」
「あっ…は、はい。」
鬼灯のただならぬ雰囲気に気圧されつつ、仁吉が答えた。
あれは年越しが迫った師走の日のことだった。
仁吉は、天国で漢方薬局を営んでいたー何と同じ神獣であるー白澤に調剤の依頼をされたのだ。
当時主の一太郎が肺を患って寝込んでいたのに困り果てていた仁吉は、天国の仙桃を譲ってもらうことを引き替えに、依頼を引き受けた。
…結果、仙桃のおかげで一太郎の病状は快方に向かったが、大量の薬の調合で寝不足になったのと、白澤にもらった怪しげな薬をうっかり飲んでしまい酷い目にあったので、仁吉としてはあまり思い出したくなかった。
仁吉がうなずくと、鬼灯は舌打ちをした。
「変だと思ったんですよねぇ。折角、絶対一人では作れなそうな量の薬を期日ぎりぎりに依頼したのに、薬が無事に届いた。
おまけに、あの淫獣ときたら高天原の宴やら花街の宴やらで女を引っかけまくり遊びまくっていたときている。おかしいと思っていたんですよ。」
「(あのろくでなしが…)はぁ。そうだったのですか。あちら様がどうしてもとお願いされてきたものですので。
その様な事情は全く存じ上げませんでした。」
「いえ。咎め立てする気は毛頭ありません。
ただ、今日はお願いがあって参りました。」
「お願い?」
「白沢さん。桃源郷の漢方薬局の新たな店主になっていただけませんか。」
「えっ!?」
鬼灯の突然の申し出に、一太郎達はそろって声を上げた。