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□鬼は内福も内
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江戸は日本橋の廻船問屋兼薬種問屋の長崎屋では、不穏な空気が流れていた。
手代の佐助が、やたらとピリピリしているのだ。
佐助は廻船問屋の手代で、無口であるがよく立ち働き、兄貴分の気質で出入りの水夫達にも慕われている。
その彼が、周囲が思わず竦み上がってしまうような殺気を飛ばしている。
背丈が六尺近くあり、筋骨隆々の体に厳つい顔付きをしているため、一層迫力がある。
と、その大男の頭を、威勢良くはたく者がいた。

「いてっ」

「鬱陶しいんだよ、佐助。」

ぞんざいな所業に似つかわしくない、思わず聞きほれてしまうような美声。

「仁吉ぃっ。ひどいじゃないか。」

はたかれた頭をさすりながら、佐助が涙目で相手を見る。そこに、先程までまとっていた険しい雰囲気はない。
しかし、はたいた方は至って落ち着いた様子で

「ひどいもんか。昼日中に物騒な空気を漂わせて周りに迷惑をかけてるおまえが悪いんだよ。」

と、美しい顔をつんっと横に向ける。
この見目麗しい色男は、同じく長崎屋の手代で仁吉という。
薬種問屋に勤めており、よく効く薬を作ると評判で、おまけに、近在の色男番付では軒並み横綱に輝く美男子だ。
彼目当てで長崎屋に通う客も多い。

「だ、だってさ仁吉。お前だって気付いているだろうか。
なんかこう、いやな気が長崎屋の中で感じられるんだよ。」

「ああ。人の気に紛れて上手く隠してはいるが、いるね。」

仁吉がすっと目を細め、気付かれないように周囲を窺う。

「大丈夫かな。若だんなの見に何かがあったら。」

「ふむ…。あたしもそう思ったんだが…長崎屋に入ってから一刻あたり。今のところ何もしてこないね。
まちっと泳がせておいて動きを探るのも手かと思ったが、相手もなかなか用心深い。
じれちまったし、ちょいと話を聞こうか。」

仁吉はそう言って、近くにいた丁稚を荷受け場に向かわせた。

「仁吉、お前さんは気の出元を知っていたのか。」

「うん。お前に話そうかなとも思ったけど、佐助うそ付くの下手くそだからさ。相手に勘付かれても面倒だから。」

「……」

複雑な心境で仁吉を見る佐助。
仁吉は至ってどこ吹く風である。
そうこうする内に、丁稚が頬被りをした男を連れてきた。

「この者でようございますか。」

「ああ。言っていいよ。」

丁稚にこっそりかりんとうを渡して帰すと、仁吉は連れてこられた男と向き合う。

「荷受けをご苦労さん。忙しいところ悪いが、ちょいと話を聞きたいんだ。」

あくまで奉公人の顔で、仁吉は言った。
頬被りの男は無言でうなずいた。
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