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□月夜と酒と神獣と
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「やっほー、?上好。飲みに来たよぉ。」


そう言って長崎屋の中庭の戸を叩いたのは、月明かりに照らされて、眩しいほどの白を纏った男だった。


「おや、白澤様。」


「わぁ、炬燵じゃん。若だんな、熱下がった?お見舞いに来たぁ。」


「飲みにきたのだろうが見舞いだろうが、貴方様がいらっしゃることは歓迎しておりません。」


慇懃無礼に言ったのは、長崎屋の若だんな、一太郎の兄やで薬種問屋の手代の仁吉である。


「ええ〜っ。冷たいなぁ、梅雨時以来なのに。
入れてよぉ。天国の養老乃瀧の酒持ってきたんだよぉ。」


白澤が唇をとがらせて、手に持っていた瓢箪を掲げる。
仁吉はそれを手に取り、匂いを嗅ぐ。そして、掌に一滴垂らし、味を確かめてからようやく


「……仕方ないですね。」


と言って生け垣の戸を開けた。


「…君ってさ、僕のこと信用してないよね。」


「しろと言う方が無理な話ですよ。」


「ああ、薄情!同じ白澤どうしなんだし、もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃない?僕一応君の先輩なんだし。敬ってよ。」


白澤の言葉に、仁吉は不服そうに片眉を引き上げる。
そう。この仁吉、江戸で薬種問屋兼廻船問屋の長崎屋で奉公人をしているが、実はその本性は、万物を知る神獣、白沢なのだ。

「白澤様。日本橋のど真ん中で、そっちの名を呼ぶのは控えていただけますか。」


そう言ったのは、仁吉ではなくその相棒、同じく長崎屋の手代の佐助である。


「そもそも、敬うってのは、何か尊敬されるようなことをされた方にするもんで。」


「むっ。僕が尊敬されるようなことをされていないっての?
花街じゃあ白澤の旦那と言えば、有名なんだよ?」


「そりゃあ、金づると思われてんでしょうが。」


「仁吉、佐助。寒いのだから、早く入れておあげな。」


若だんなはやんわりと声をかけ、三人の不毛なやりとりを終わらせる。
白澤は炬燵にするりと入り込み、愛おしげに頬ずりする。


「あ〜、あったかい。炬燵はやっぱり日本の茶の間の定番だよね。」


白澤がくつろいでいると、膝やら肩やらに鳴家達が群がってきた。
白澤は集まる小鬼達を快く腕の中に迎え入れ、懐から出した月餅を与える。
下界への買い出しのついでで長崎屋に寄ることがあり、白澤はすっかりこの離れに馴染んでいた。


「きゅい?白澤様の頬、何だか粉っぽい。」


不意に、鳴家の一匹が、白澤の頬をぺちぺち叩いて言った。


「えっ?」


「きゅい。お砂糖つけた?」


「でも甘くない。きゅー。」


「あっ、こら。舐めちゃだめだよぉ。白粉は美味しくないんだから…。」


言った瞬間、口元を押さえる白澤。
みんなの視線が、一斉に白澤に集まった。


「きゅ?白澤様お化粧するの?」


「女好きが高じて、女になりたいとお思いになったんですか?」


「なんだいなんだい、さては、長崎屋に来る前に吉原にご登楼されてたのか?
それで、白粉を付けられたんだろ?」


屏風のぞきがけらけら笑って言った。
すると白澤の肩がびくりと震えた。


「…白澤様。もしや、女郎にご無体なことをされたのですか?」


「!?な、何でそう思うの?」


白澤は切れ長の目を見開く。


「それも二人…ですか。さては二股でもバレて振られましたか。」


仁吉が苦々しいとでも言いたげな瞳で白澤を見る。


「!?」


「気付いていないようですから言いますけどね、白澤様。
鳴家が触ったおかげで、白粉がすっかり落ちちまって両頬の手形が丸見えになってるんですよ。大きさの違うのが、ね。」


おそらく二人の女から景気よくひっぱたかれたのだろう、と佐助が言った。
白澤は慌てて頬を押さえ、何とか言い逃れようと瞳を泳がせていたが、観念したように肩を落とした。


「あーあ。月夜だからばれないかなぁと思って白粉付けたのに…妖の目ってのは夜目がきくんだったね。
ああ、佐助君。外に置いてある酒樽持ってきてくれない?三つくらいあるから。」


白澤は力なくそう言った。
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