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□デートー恋とはこんなものかしらー
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初夏の日差しに、雨雲が混じる店表を照らし始める季節になった。
日本橋の廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな、一太郎は一人首を傾げていた。
「ふぅん。何度数えてもそうだね。鳴家が数匹に野寺坊、獺もいないよ。」
若だんなはきちんと一列になって座る、異形の者達を指折り数えて呟いた。
長崎屋は実は、店の創業者であり、一太郎の祖母であるおぎんが、妖であった。
それも、皮衣という名を持つ大妖で、かつては多くの妖を統べていた。
その縁で、長崎屋にはいつも多くの妖が出入りしている。
若だんなは幼少の頃から 病弱で、外に出られる機会があまりなかった。そのため、長崎屋を訪れる妖達は、滅多に外出ができない一太郎の良き話し相手だった。
妖達も、甘いお菓子や美味な酒をくれて、自分達に優しくしてくれる若だんなが大好きだった。だから、用もないのにしょっちゅう、若だんながいる長崎屋の離れを訪れていた。
しかし、今日は、いつも訪れるはずの馴染みの妖の数が減っていた。
「おかしいねぇ。一昨日はおしろと鈴彦姫がいなかった。その前はお獅子と守狐。おまけに、昨日は屏風のぞきまで朝からいなくなっていたし。」
一太郎は腕を組んでうなった。
このところ、いつも離れを訪れている妖の数が、毎回違うのだ。
勿論、妖達は気まぐれで呑気な部分があり、毎日必ず長崎屋の離れを訪れるわけではない。
定住の地を定めず、影に紛れて気ままに暮らすのが妖の本分だ。
しかし、先ほど若だんなが挙げた名前の妖達の中には、長崎屋の物に付いている妖、付喪神もいる。
若だんなの印籠が変化したお獅子、離れの屏風が化けた屏風のぞきがそうだ。
彼等は基本、本体があるところ、つまり長崎屋にいる。
付喪神は本体から離れてどこかに行くことはあまりない。
その付喪神達が、長崎屋からいなくなっている。
それで若だんなは、おや、と思い、毎日やってくる妖の数を確認するようになったのだ。
「どういうことだろうね。皆、何か知らないかい。」
まさかとは思うが、うっかり外に出て人に見られてはしないか。
屏風のぞきやおしろは人に紛れても大事にはまずならないだろうが、お獅子はまだ付喪神になったばかりで、万が一人に見られたら隠れようがないのだ。
「ああ。何だか心配になってきたね。私は気になってしまって寝込んでしまうかもしれない。」
思わず若だんながぼやく。
すると、妖達の顔色が変わった。
「何ですって?困りますよう、若だんながまた倒れたら、離れの皆がおやつ抜きになってしまう。」
「そうですよ。兄やさん達が不機嫌になって寄り付きづらくなってしまう。」
「きゅいっ。若だんな寝込んだら、だれが鳴家を撫でてくれるの?」
口々に妖達が勝手なことを言って若だんなの心配をする。
すると
「お、おい若だんな。あんま気にしなさんなよ。あれは仁吉さんに言われてさ」
と、屏風のぞきがぽろりとこぼした。
「…えっ?仁吉が?」
屏風のぞきの言葉に若だんなは目を丸くし、対照的に、妖達は目を細く険しくした。
「屏風のぞきさん…。」
「言っちゃうんだもんなぁ…。」
「……最低。」
ため息混じりに囁かれる妖達の言葉には、失望と侮蔑の念がありありと込められていた。
「な、なんだよっ!?おまえ等だって若だんなが心配であれこれ言ってたじゃねぇか!」
「あーあ。仁吉さんがっかりしますよ。」
「おいこらっ!」
「残念だなぁ。仁吉さん可哀想。」
「なぁって…」
「屏風のぞきよ。短いつきあいだったが、お前と会えて楽しかったぜ。」
「何過去形で語ってんだよ!」
「きゅわっ…。」
御丁寧に、鳴家とお獅子までが絶対零度の瞳で屏風のぞきを見てくる。
屏風のぞきは妖達の非難の雨霰に、すっかり泣きべそをかいている。
その様子の哀れさに、若だんなは屏風のぞきを安心させるように微笑んだ。
「ああ、屏風のぞきや。心配しなくていいよ。私の体のことを思ってお前が話してくれたんだって、ちゃんと仁吉に話すから。
だから、知ってることを教えておくれ。」