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□巷間の沙汰やあれやこれ
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「白澤様。邪魔なので、いい加減天国に帰ってくださいよ。」

仁吉はそれは美しい声で、何ともぞんざいに言い放った。

江戸は日本橋に店を構える、廻船問屋兼薬種問屋長崎屋の離れである。
その離れの隅で、天国に住まう神獣、白澤が両膝を抱えて座り込んでいた。
足元に置かれた紙片を食い入るように眺め、何やら頻りにぶつぶつ呟いている。
その雰囲気は陰険そのもので、纏う純白の衣装も心なしかくすんで見えた。

「畜生畜生畜生…。絶対おかしいよ。有り得ないもん。
きっと裏で操作されたんだ。あるいは洗脳か…。どっちにしたって、絶対フェアな結果じゃない。」

その様なことを延々と、白澤はぶつぶつ言い続け、かれこれ四半時同じ状態なのである。

「ね、ねぇ、仁吉。白澤様ったら、どうされたんだい?
お前に薬を売りに来た時から、何となくお顔の色が優れないみたいだったけど。」

長崎屋の若だんな一太郎は、鬱陶しそうに白澤を見ている仁吉に訊ねた。
仁吉は若だんなの兄やで、病弱な若だんなの為にいつもせっせと薬を作っている。
白澤は、あの世でしか手に入れられない珍しい薬の材料を、よく仁吉に卸してくれていた。
今日も、白澤は仁吉に薬の材料を売りに来てくれていたのだ。
しかし、商談が済んだ途端、長崎屋の離れの隅に陣取り、今に至る。
そんな大切な商売相手の心情に一切配慮することなく、仁吉はあっさり言った。

「あの世の人気者番付で、鬼灯様に大差をつけられて破れてしまったそうですよ。」

「仁吉君、身も蓋もない言い方しないでよ!」

仁吉の言葉に、白澤が喚いた。
一太郎は白澤の足元にある紙片をよく見てみる。
するとそこには、『あの世人気者番付』と銘打った番付表が刷られていた。

「大差なんて付けられてない!誇張だ!」

「千票以上であれば、それって大差じゃないんですか?」

仁吉に笑って問われ、白澤はぐっと詰まる。
その間に、若だんな達は番付を片手に口々に言い始めた。

「おやおや。鬼灯様断トツじゃないか。地獄の補佐官の面目躍如だな。」

「兎さんや座敷童さんもいる。可愛らしいですねぇ。」

「おいおい。次点が殆ど女子どもに獣じゃねぇか。
白澤様、随分情けねぇな。」

屏風のぞきがケラケラ笑う。
しかし、その口に白澤が刷毛で辛子味噌をたっぷり塗り込むと、一瞬で黙り畳の上で身悶えた。

「僕特製の辛子味噌。かちかち山のうさぎどん、もとい芥子ちゃんも使ったやつだよ。」

「白澤様…行いが稚拙ですよ。」

仁吉がため息を付く。

「何でだよ!
あんな朴念仁で殺人鬼みたいな面した鬼が、どうして僕より人気あるわけ?」

白澤が地団駄を踏む。
その時、廻船問屋の手代で若だんなのもう一人の兄やの佐助が、昼餉を運んできた。
今日のお昼は瑠璃の器にたっぷり盛られた冷や麦と、天麩羅の盛り合わせだ。

「白澤様。そう、かっかしたままだと、離れの暑さも上がっちまって、若だんなのお体にさわります。
これでも召し上がって、頭を冷やしては如何ですか。」

佐助は白澤の返事を待たず、彼の手にめんつゆがたっぷり入った器を手渡す。
青く透き通る瑠璃の器に、真っ白な冷や麦が入っている様は、涼しげでとても美味しそうだ。
白澤も天国の住人ではあるが、現世の食べ物も好きだった。
それに、佐助の言うとおり、苛々していたから余計暑さを感じていた。
仕方なく、皆と一緒に手を合わせ、冷や麦をすすることにした。
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