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□クリスマス小ネタ
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お江戸のクリスマス
「若だんな、今宵はくりすますという日なのですよ。」
長崎屋の手代、仁吉は、薬湯がたっぷり入った椀を主に差し出しながら言った。
「くりすます?」
「はい。巷ではオランダ正月とも言うそうですが。
西洋の行事で、神の御子がお生まれになったおめでたい日なのだそうです。」
「へぇ。異国にも帝様のような御方がおられるんだね。」
「そうなのです。それでくりすますには、聖人が、善行を積んだ者のもとにいらっしゃって、褒美として願い事を叶えてくださるそうですよ。」
聖人とは神に仕える者で、強い法力を持つ者なのだという。
「へぇ。有り難い御方だね。」
「信者は聖人が願いを聞き入れてくださるように、目印に寝所に足袋を吊すのです。
そして、足袋の中に願い事を書いた紙を入れておくのです。
すると、善行が認められた者は翌朝、願いが叶っていて、欲しかったものが手に入る等、幸せになれるそうですよ。」
「足袋を?ちょっと変わっているね。」
「皆がしていることでは目印になりませんからね。
そこで、若だんなも今夜試されてはいかがですか?」
「えっ?」
突然の提案に目を丸くする若だんな。
「仁吉。私は異国の神様の信者ではないんだよ。」
「勿論です。しかし、若だんなは廻船問屋兼薬種問屋長崎屋の跡取り。
異国の方々と商いをされる機会もありましょう。
その時に、あちらの方の風習を知っていれば、商いでも有利になると思うのです。」
ものは試し、である。一度体験しておけば、知識として定着しやすいだろうと仁吉は言うのだ。
「異教の崇拝はできませんので、祝い事をすることはできません。
しかし、願い事の足袋を吊す程度であれば構わないでしょう。」
「そうだねぇ。でもさ、私がしたところで、果たして聖人様がいらっしゃるだろうかねぇ。」
若だんなが言うと、仁吉は「勿論です。」と即答する。
「若だんなは今年、沢山善行をされました。
坊主を救い、大阪では多くの破産した商人を救いました。立派な長屋も建てました。
聖人様がお認めにならないわけがないっ。」
「そうだよ、若だんな。だから、試しに卵そうめんを袋いっぱいおくれと書いてみなよ。
きっと明日には叶ってるさ。」
「きゅい。鳴家はかりんとうがいい。」
「それは若だんなではなくお前等の願い事だろうがっ。」
仁吉は、勝手に願い事の内容を考えている屏風のぞきを殴り、鳴家をつむじ風で離れの端まで転がした。
「きゅわっ」
「いてぇな!何で俺にはきつくて小鬼には甘いんだよ、乱暴仁吉!」
「若だんな。ご自分のお願い事をちゃんと書いてくださいね。
嘘を書いてしまうと、聖人様が怒ってしまわれますから。」
屏風のぞきにきっちり二度目の仕置きをして、仁吉は言った。