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□原作小ネタ
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『おたえのとこしえ』小ネタ


屏風のぞきは機嫌が良かった。
というのも、若だんなと共に大阪に行っていた貧乏神の金次が、三柱の福の神と相場合戦をして負けたと聞いたからである。
先日長崎屋は、主の籐兵衛が上方に行っている間に、店を失うか否かという大騒動に見まわれた。
その時に、長崎屋の若だんな一太郎が、父である籐兵衛を探しに上方に向かった。その先で、奇妙な経緯から弁財天、大黒天、そして恵比須天と金次が、大阪の米相場で勝負をすることになったのだ。
普段は長崎屋で呑気に碁を打っている金次ではあるが、貧乏神の意地であろうか、神様達とそれは激しい相場合戦を繰り広げた。しかし多勢に無勢で、結局負けてしまったのだ。
すっかり不機嫌になってしまった金次は、腹いせに相場をもう一度荒らして、ようよう長崎屋に戻ってきた。しかし、その後もずっとぶすりとしていたのだ。
いつも自分を言い負かしている貧乏神が不機嫌で、屏風のぞきはまさにご機嫌であった。

「金次よお、今回は残念だったなぁ。」

屏風のぞきがわざとらしく肩をたたくと、金次は「ふんっ」とその手を払った。

「相手は三人だったんだ。そいつはいくら何でも分が悪いってもんさ。
おまけに、相手は衆生の信仰を一身に集める福の神様達だ。気まぐれに貧乏を招いては怠けてばかりのお前さんじゃあ、とても相手にならなかったさ。」

調子に乗ってぺらぺらと喋る屏風のぞき。
すると、その横顔を恨みがましい様子で見ていた金次の目が、ぎらりと凶悪な色を帯びた。
そして、にやりと口の端を吊り上げて

「ああ、まったくだよ。他の神様となんて喧嘩をするもんじゃないね。疲れちまった。
おかげで、仁吉さんと一緒に風呂に入ったってのに、
疲れがとれやしねぇ。」

とわざとらしく大声でぼやいた。
すると、屏風のぞきの顔色が、がらりと変わった。

「仁吉さんと…風呂だと?」

切羽詰まって強張った顔の屏風のぞきに、金次はこれでもかとにやにや笑いを見せる。

「ああ。佐助さんと若だんなが先に入って、その後だったんだがな。
いや、絶景だった。あんな見事な体の持ち主がこの世にいたとはな。
つくづく、手代にしとくには勿体ないお人だよ。真珠のような肌で、ぴちぴちしてたぜ。」

「ぴちぴち…。」

屏風のぞきの顔が歪む。
水に弱い己は、湯に近づけない。故に、入浴している仁吉の姿を見たことがない。全裸の姿だって、見たことがない。

「湯上がりの浴衣姿も格別だったな。項からいい匂いがしてて、髪も水気を含んでてつやっつやでな。」

「つや…つや。」

「大阪へ行くまでの道中での旅装もきれいだったがな。
笠をちょいと上に上げて遠くを見る様子が何とも凛々しくてな。脚絆と手甲に包まれた四肢のほっそりした様子がたまらなかったよ。」

「…。」

「ああ。でも取って置きは、米買所で立ち働いてる時の様子かねぇ。
若だんなはさ、あたしらが相場競べで設けた金をな、米相場で大負けしちまった商人達に貸してやったんだよ。店が立ち直れるようにさ。
いや、そん時の仁吉さん達の立ち回りたるやすごかったよ。色めき立つ商人達を上手にいなして、若だんなの望み通り金を配ってやってさ。
いつもお店で働いてる時、仁吉さんはあんなに優美に動いてるのかね。まるで舞っているかのような立ち居振る舞いでね。
つい他の福の神達と一緒に見入っちまった。」

朗々と語り、金次はそこで一区切りつけた。そして、とどめとばかりにゆっくりと

「ま、お前さんは凡そ見たことがないだろうがね。
屏風のぞきよ。」

と言った。
屏風のぞきは顔を真っ赤にしてその場に立っているのが精一杯だった。強く引き結んでいた唇から、血が出ていた。
金次の言うとおりだった。
美しい旅装姿も
艶やかな入浴中の姿も
百戦錬磨の商人達とやり取りをしている時の凛々しい姿も
屏風のぞきは見たことがないのだ!

嫉妬のあまり屏風のぞきが声もなく床に崩れ落ちた。
それを悠然と踏みつけて、離れを出る刹那

(ああ、すっきりしたぁ。)

と、金次は心の底から笑った。
 

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