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□コラボっちゃう?
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with『ばけたま長屋』


浅草は元鳥越町の一角に佇む長屋。
九尺三間の割長屋の手前の一室で、弦次は緊張した面持ちで戸口を睨みつけ、正座していた。
弦次は指物師である。
浅草福井町の辰造の下で修行し、最近ようよう独立したのだ。
しかし、独立したとは言え、まだまだ自力で仕事をいただいてくるほどに顔が広いわけではないし、伝手もない。そのため、現在辰造親方のところから仕事を回してもらっているのである。
その辰造親方から、今回また仕事を回してもらった。
辰造の話によれば、今回の依頼主は辰造の古くからの知己であり、結構な上客でもあるのだという。
本来であれば辰造本人が手掛けたいところであるが、生憎辰造は現在別の仕事を引き受けていて、すぐに取りかかることができない。
そのため、今回は弦次に特別に仕事を回したのだという。


「向こうは、歳が若くても腕が良ければいいと言っていた。
日本橋の大店の手代をやってる奴なんだがな、偉ぶらねぇし、話の分かる奴だ。弦次、くれぐれも相手に失礼のないようにしろよ。」


辰造の凄みのある目に睨まれ、弦次は何度も首を縦に振った。
言われずとも、辰造の知己というだけで絶対に粗相などできないと、弦次は既に肝に銘じていた。
辰造親方は浅草でも特に有名な、男気のある厳しい職人として有名なのである。
その辰造と親しい御仁が相手となれば、どんなお客様であっても失礼などあってはならないのであるが、その気遣いを二倍、いや三倍にしても足りないだろう。
そんなわけで、弦次は、自分が住む長屋の一室でかくもガチガチになって身構えているわけである。
すると、戸口からひょっこりと顔を出したぱっちり目と目があった。 
同じ長屋の住人の三五郎である。
彼は仕事を定めておらず、数多い知り合いの仕事を手伝ったり手伝わなかったりして日々を過ごす、至って気楽な男だ。


「どうしたい、弦次。これから果たし合いにでも臨むような面構えだぜ。」


三五郎はにやにや笑いながら言った。
きりっと引き締めればそれなりに良いご面相である筈なのに、そのゆるんだ口元がすべてを台無しにしている。


「果たし合いって、俺は武士じゃないですよ。これから仕事の依頼人がいらっしゃるので、気を引き締めているのです。」


「そいつは良い心がけだ。だがな、そんなカチカチの面で迎えられたら、相手だって身構えて思うように話せねえよ。客をいい気持ちにさせて、仕事を頂きやすくするのも、職人として大事じゃねえのかな。」


いつもであれば、それもそうだなとここら辺で三五郎の言葉をうっかり聞き入れてしまう弦次である。
しかし、今回は三五郎を相手にするほど気持ちの余裕がなかった。


「そうですね。お客人がいらしたらそうします。すいませんが、三五郎さん。
これから仕事の話をするので部屋に戻っていていただけませんか。」


「おっ。俺を邪険にしようというのかい。」
 

三五郎が口をとがらせる。
当然だろう、と内心で弦次は返した。
三五郎はお調子者である上に、人を困らせて楽しむところがある。
そのため、三五郎が絡めば仕事の話がややこしいことになるのはほぼ必定であった。


「ふぅん、そうかい。邪魔して悪かったな。」


三五郎はふてくされた様子で踵を返す。
そして、いかにも今思い出したというように


「そうそう。さっきそこで、指物師の弦次さんのお宅はどちらでしょうと声をかけられて、お前の様子をうかがいにきたんだ。
しかし、どうやら取り込み中のようだし、先様を追い返した方が良さそうだな。」


と、肩越しに言った。


「ひょええっ!?」


弦次は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
ついに、依頼人が来たのだ!
今か今かと身構えてはいたが、いざその時がくると狼狽えてしまう。


「何だよ。お前さんが大の苦手の幽霊が出たでもなし、気味悪い声あげんなよ。」


「三五郎さん、そういう大切なことは早くに言ってくださいよ!俺が出ます!」


弦次は大慌てで履き物を突っかけて表に出る。
あの辰造と親しい者ともなれば、さぞや男気のある厳めしい客なのだろう。待たされたと言って、開口一番弦次を怒鳴るかもしれない。いや、その前に一発見舞われるのが先か。
弦次はそんなことを考えながら長屋の木戸口を目指した。
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