優、雅。

□第2話『金色の妖精』
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太陽は空高くにあり、
太陽のある空は澄み切って雲1つ無い。


小高い丘を通り過ぎ、雑木林を抜けたところにある、
自殺の名所。断崖絶壁。

崖の前のフェンスに座って遠くを眺める金髪の少女。

少女の左斜め後ろに立って少女の背中を見る俺。


少女は前を向いたまま、この崖についてゆっくりと語りだした。


「この崖はね、ちゃんとした名前が無いの。
 だから、“Life End”、命の終わりとか、
 他にもいろんな名前で呼ばれてるんだ。
 20個くらいあるんじゃないかな?」


俺が知らなくても当然か。

そもそも名前が無いんだからな。


俺は無意識のうちに少女の話を聞いていた。

自殺しに来たんだから、さっさと飛び降りればいいのに。

でも、なぜか少女の話に耳を傾けていた。


「最近、ネットでは“金色の妖精の崖”って呼ばれてるよ」

「“金色の妖精”……?」

「そう。“金色の妖精”。
 どうやら、その妖精がボクのことらしくて、この前―――
 と言っても1ヵ月も前のことだけど、自殺しに来た人がいたのね。
 その人が『“金色の妖精”に会えるなんて奇跡だ。
 人生の終わりには相応しい出来事だ。これでオレは絶対に死ぬことができる』
 って言ったの。
 でも、ボクはなんのことだかサッパリ分からなくて、
 どうゆうこと? って聞き返したんだ。
 そしたら、何ていったと思う?」

「………」


少女の問いに俺は何も言わずに答えた。


「あのね、
 『ネット上ではこの崖で自殺しようとすると“金色の妖精”が現われる。
  その妖精に会えれば何事もなく死ねる。
  そういう噂があるんだ。
  本当に会えるなんて思ってなかった。
  ただの噂話だろう、と思ってた』
 そう教えてもらった。
 この噂、どうやら
 ボクが1年前に自殺に来た人とたまたま話して、
 そのあとその人がすぐ飛び降りたんだけど、それを見た人がブログに乗せたのが始まり。
 『この崖で“金色の妖精”と話したら死ぬ』
 それが元々の形だったらしいよ」

「へぇ」

「まぁ、あんまり知られてないからね」


そんなことより、と少女は続ける。


「昔はこの崖、自殺の名所じゃなかったんだよ。
 どちらかといえば、観光スポットみたいな感じだったから、
 フェンスも無かったんだよね。
 崖の様子とか景色がよく見えるからそこそこ人気はあったみたい。
 でも、やっぱりフェンスが無いから自殺や殺人がいっぱいあったんだ。頻繁にね。
 それで、死者が100人を超えた頃に初めてフェンスが設置された。
 ……と言っても、150cmぐらいの高さしかなかったんだけど」


150cmって……。俺の身長が160cmより少し高いくらいだから、俺の肩ぐらいか?

低っ!!
フェンスの意味ない!

少女は俺の心を見透かしたように言った。


「実際、そんなに効果が無かったから、その2年後に今と同じ高さに変えられたんだ。
 それで観光客は激減。
 今では全然いないよね」


全くその通りだ。

観光客なんて小学生の頃にしか見たことが無い。


「観光スポットだった頃から今までの5年間で死者は1000人以上。
 単純計算で1年で200人。
 ……これで、崖についての話は終わり」


5年、か……。

5年前は俺は何をしてたんだろう。


ボーッと考えていると、
少女が遠くの景色を見ながら唐突に言った。


「今日は空がきれいだね。雲無いし、青くてきれいだ」

「?」


俺は頭の上に疑問符を浮かべた。

少女はまるで遊びに誘うようなごく普通の口調で、


「きれいな空と、美しい景色を前にキミはここで死ぬんでしょ?
 ボクの話は終わったよ。
 付き合ってくれてありがとう。
 飛び降りるならいつでもどうぞ。
 ボクが君が死ぬのを見ててあげるから」


俺は少女の左隣に立って、フェンスを片手で掴んだ。

カシャン、と小さな音がした。


少女の横顔を見た。

目は髪で隠れて見えなかった。

けど、遠くの景色を見てきた。

青い空を見ている気がした。


俺は少女と同じ景色を見ながら言った。


「お前を見てたら死ぬ気が失せた。
 死んでくれない?」


クスクス、と少女は笑った。


「それは無理な話だね。
 さっきも言ったけど、ボクは死ねないからさ」


少女はフェンスから手を放して、飛び降りた。


雑木林に向けて。


少女が俺の横を空中で通り過ぎて、
長い金色の髪があとを追うように続く。

髪が通り過ぎて、俺が振り向いた。

少女は着地の時にバランスを崩したのか、
数歩前に進んだ。

俺と向かい合うように振り向いて、
金髪が背中に落ち着くのを待ってから、口を開いた。


「ボクの話を聞いてから飛び降りなかったのは、キミが初めてだよ。
 ―──名前は?」


その質問にいつも通り答える。


「俺には名前はない。
 親からもらった名前は、捨てた。
 だから、名前は、ない」

「そっか。明日ヒマでしょ?
 今と同じ時間に、今日と同じ場所にいるから。
 明日もおいで。
 それまでに君の名前は考えとくよ」


そう言うと、少女は再び笑った。


「じゃあ、今日はもう帰るね。
 眠くなっちゃった。
 それじゃ、明日、待ってるね」


少女は俺の返事を聞かずに雑木林に走っていった。

俺はその背中が見えなくなってから、
空を仰いだ。


太陽は空高くにあり、
太陽のある空は澄み切って雲1つ無い。

きれいな青色だ。

さっきまで俺を見ていた2つの瞳は、
“金色の妖精”の瞳は、
まるで、この空を写したかのようなきれいな青色だった。


「金髪碧眼、ね……」


呟いた。

あーあ、明日予定が入っちゃったよ。

まあ、ヒマだからいいけどさ。

……ってか、今日と同じ場所ってどこだよ。ここか?


あ、そういえば。名前聞き忘れた。
明日聞こう。


そんなことを考えながら俺も雑木林の中に足を踏み入れた。





“金色の妖精”、金髪碧眼の死ねない少女と
俺はこの時初めて出会った。

まだ、俺はこの時、
少女に対して、犯してしまう過ちを知らない。





――― end. 

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