優、雅。

□第6話『友達』
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丘の上、坂の前。

俺の前でキラキラと光る金色の髪を風に揺らしながら、
雅は大きな青い瞳を向けて、
不思議そうに首を傾げていた。


「? ゆーくん?
 今の話、聞いてた?」

「…………」

「ゆーくん?」

「…………」

「おーい。おーいー。おぉーいぃー」


俺よりも20cmくらい身長が低い雅は、
下から俺の顔を見上げてみたり、
ピョンピョンと跳んでみたり、
クルクルと俺のまわりを回ってみたり、
目の前で手を振ったりした挙げ句、


「ねーぇー、ねぇってばっ!」

「あでっ」


 雅の行動をすべて無視したのが悪かったのだろう。

容赦なく、的確に足の小指を踏まれた。


「―――っぅう……」

「ね、話聞いてた?」

「あぁ……、んーと、まぁ……」

「曖昧だ。
 ……あのね、ボクにお友達ができたの。
 それで、今から遊ぶことになってるの」

「うん。聞いてた」

「なら、ちゃんと返事してよ!」


むぅ……、と、雅は頬を膨らました。

なんとなく、膨らんだ左右の頬を両手で同時に叩いてみた。

ぷっ、と中の空気が外に出る。


「みゅっ……!」


雅が変な声を出して、言う。


「ひどいっ! ひどいよっ! 謝って!」

「……ごめん」


謝る理由は分からないけど、一応謝ってみる。
続けて、


「何か、手が勝手に」


言ったら、あー! っと指差して雅は言う。


「謝ったから許したのに!
 そーゆーなら、許さないっ!
 許してあげるけど許さないー!」


……意味分かんねぇよ。


「はぁ……」

「? どうしたの、ゆーくん。ため息?」

「ん、いや……」


雅は再び不思議そうに顔を覗き込むんだ。


と。


雅の後ろ、階段から二人の人が現われた。


「みっ、やびぃぃぃぃー!」


その内の一人が、言いながら走ってきた。

がばっ、と雅に後ろから抱きついて、


「雅ぃ。久ぶりだし〜。会いたかったし!」


いかにも中国人です!
という格好をしているにも関わらず、
純粋な日本語を話した。

それに対して、雅は気にした風もなく、
ただ答える。


「うん。さっちゃんは今日もハイテンションだね。
 ……そろそろ離れてよ」

「第一に」


いつのまにか二人の隣に来ていたもう一人が、口を開いた。


「どうしたの、なっちゃん」

「明林。久しぶりではありません。
 昨日も会っています。
 雅。明林よりも貴女のほうがいつもテンションが高いとわたくしは思います。
 いかがでしょう」

「んー、ま、そうかもね」


“なっちゃん”と呼ばれた少女―――、
艶やかな黒い長い髪を緩く一つに結った少女が、


「わたくしからは、それだけです」


と言って、ぺこりと頭を下げた。


「雅、ソレ、誰だし」


“さっちゃん”こと“明林”―――
茶色の髪を両サイドでおだんごに結んだ少女
――が、俺を指差して言った。

それに対して、雅
……ではなく“なっちゃん”が答える。


「明林。人様に向けて指を差すのはいけません。
 それから、ソレ、と呼ぶのもいただけませんね」

「はい……」

「きちんと、謝りなさい」


言われて、驚いたような反応を見せたあと、


「ごめんなさーい」


お辞儀をしつつ謝られた。


「謝らなくても平気だよ、どうせ気にしてないだろうし」


雅に言われて、
なんだ謝って損した、と俺を睨んだ。


その時。

俺の後ろから、足音が聞こえた。


そして。


トン、と背中を叩かれた。


「よ! エセ中国と黒髪美人と金色の妖精!
 ……で? キミは誰よ、茶髪」


元気よく、俺の背中を叩いて馴々しく肩に手を回した少年――
薄茶色の髪に動きやすそうな服を着た少年
―――が言い、


「きゃっほー、識くん!」

「うるせぇガキだし、バァカ」

「こんにちは。零さんはどうしました?」


 三人が順に答えた。


「れーなら……」


ふいっ、と手を回したまま後ろを向いた。

俺も後ろを向いてみた。

けど、そこには、誰もいない。


「ボクには見えないけど。
 まさか、誘拐?」

「いないし……。
 これは完璧、誘拐殺人事件だし……」

「いませんね。とうとう幽霊に……」

「あれ。いないな。死んだか?」


四人がほぼ同時に、
アブナイことをさらりと口にした。


……だけど、逃げるなら今のうちだ。

これ以上、人が増える前に……。


「――みや、び……」

「ん? 何?」

「俺……用事思い出したから、帰る、な」


肩に回された手を避け、
雅たちに背を向け、振り返らずに坂を下る。

何メートルか進んだとき、


「捕まえろぉー!!」


後ろから雅の叫び声が聞こえた。

その少しあと、


「ん……?」



何もないところで、転けた。



「―――っうぅ」

起き上がり、座ったままの状態で振り向いてみても、何もない。

誰かが退けたみたいに、小さな石すらも。

……でも、確かになんかに躓いた感じだったんだけど。


ふと、何かがキラリと光ったように見えた。

それは、地面から10cmくらい上にあり、
道を横切るように、道を塞ぐように、
道に対して直角に存在していた。


「………? い、糸……?」


何でこんなところに糸が?


「糸、とは心外ですね。
 ワイヤー、そう言ってもらいたいものです」


言いながら横の茂みから現われたのは、
俺たちよりも少し年上そうな、
いかにも、優等生といった黒髪の青年。

笑顔を俺に向けながら、
丘の上の四人と俺の間に立つ。

よって、座ったままの俺の視界から四人は消える。

雅の姿を―――認識できなくなる。


けれど、30秒後には一転。

座ってたはずの俺が再び地面に背中をつけ、
俺の上には雅。

目の前に雅の顔が。


コトの展開は、こうだ。

青年が俺の前に立ってから、2秒後、


「あ! 零兄っ!」


雅が言い、その1秒あとに脚を踏みだす。


「れぇーにぃーっ!」


20秒かけ、ぱたぱたと近くまで坂をかけ下りて、
1秒で勢いを落とさずこちらにジャンプ。


「ん? あぁ、危ない危ない」


雅がジャンプするくらいの少し前から青年は、
雅の直線上から避ける。

避ける。

雅はすでに宙にいる。

俺の目の前、ジャンプしたまま。

俺と雅との間にいた青年は、いない。

避けた。

つまり、雅はそのまま―――。


どんっ。


まぁ、そんな感じで約30秒。


「ん? んん?」


俺の上で不思議そうに首を傾げていた雅だったが、
やがて、


「えへへ」


と、にへらっと口元を緩めて、笑った。


「………、痛い。どいてくれよ……」

「やだぁ! 逃げようとした罰なんだよ!」


やれやれ。
退く気は全くないようだ。

だけど、だからといってこのままな分けにもいかず。

仕方なく、雅を抱えて体を起こす。

150cm、あるかないかの雅は、軽い。


「ほら、立って」


起き上がり言うと、
ちぇっ、と舌打ちしながら雅は立ち上がる。

俺も立ち上がろうとして、


「大丈夫ですか?」

「大丈夫?」

「へーきか?」

「怪我は?」


いつの間にか、俺の周りに全員いた。


「大丈夫だよ。ボク、軽いもん」

「自分で言うなよ、自分で……」


雅の発言にツッコミながら、立ち上がる。

立ち上がったところで、雅がさっきみたいに、
緩んだ笑みを浮かべて俺の隣に立つ。

そして、


「おかえり」


2度目の“おかえり”を言った。


「やっと、昔みたいな、いつものゆーくんだ」


俺を見上げて、雅は続けた。


と、違和感。


“ゆーくん”の単語を聞き、俺と雅を除いて、
目の色が変わったような気がした。






感情のままに無邪気に笑う死ねない少女の周りで、
死にたい少年以外が驚きと哀しみの混ざった表情をしていることを、

少女は気付かず、
少年だけが気付いた。


けれど、


少女と少年の5年間の空白の時間で起きた、
少女の違いにはまだ少年は気付かない。







――― end.

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