絆 -きずな- 番外編

□愛してると言ったキミの。
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風邪はバカが引くらしい。

と、いうことは。


「38度6分。風邪ですかね」

「そう、かい」


私はバカらしい。

何だか足元が覚束ないとは思っていたんだ。

熱があると自覚したからか、体が重くなってきた。

普通に座れていたはずの体が揺れる。


「今年の風邪は熱がかなり上がるそうで――……」


医療班の子の声が遠くで響く。

嫌だなぁ、明日、仕事あったような気が……。


「……大丈夫ですか?
 部屋まで送りましょうか?」

「え、あぁ……。
 いや、大丈夫だよ」


笑顔を作って立ち上がる。

頭が痛い。

私いつも、どうやって歩いていたっけ。

後ろから何か声をかけられたが、それどころじゃない。

まっすぐ歩けているだろうか。


時間が時間だ。

廊下に出たら人はいなかった。

壁に手をついて歩くことにした。

足が重い。倒れそうだ。


そろそろエレベーターホールだろうと顔を上げる。

と、見慣れた後ろ姿。

今、一番会いたくない相手だ。

階段を使って部屋まで行けるとは思わない。


「おい」


離れた場所で思考を巡らせていると、いつの間にやら近くまで来ていた。

赤茶色の瞳に自分が写る。


「明日のことだが―――」

「うん、分かってる、近付かないで……」


慌てて距離をとる。

美鈴は不服そうに離れた分、寄ってくる。


「何だ、何か問題があるのか?
 ん?」

「風邪……移るといけない」


美鈴は風邪、と呟いた。

ニヤリ、と笑う。


「バーカ。
 風邪がそう簡単に移るか、バカだな。
 お前は本当にバカだ」

「バカバカ言わな――――いや、風邪引いたからバカなんだけど……」

「ん、待て。
 バカは風邪引くじゃなく、
 バカは風邪を引かないんじゃないか?」

「それは、バカは風邪を引いても気付かない皮肉……だろう?
 風邪はバカだから引くんだ。
 バカだから……自己管理できずに、風邪を拗らす………」


なるほどな。と納得する美鈴。

あぁ、話し込んでいたら熱が上がったかもしれない。

気分が優れない。

視界が回る。


「――って、風邪引いたなら早く休め、バカ」

「だから、今……」


立っているのも辛くなってきた。

座りたい。

あぁ、本当にヤバイ。

本格的に、………うん。


「おい、大丈夫か?
 こんなとこで座んな。
 部屋まで、ほら」


手を出されたが、どうしようもできない。

声を出すのも辛い。

39度越したのだろうか。


「しっかりしろ。誰か呼ぶか?
 いや、エレベーター来た。
 ほら、手。立て」


手をとられ、頑張って体を立たせる。

そのまま手を肩に回されて、支えてもらう形になった。

引きずられるようにエレベーターに乗る。

上昇するこの独特の感覚。

さらに気分を悪くする。

再び引きずられ、部屋へ入る。


こんなの、絶対に誰にも見られたくない。

仮にも女性である美鈴に支えてもらって、
しかも、ほぼ美鈴の力で進んでいるのだから。


「いいか、ちゃんと寝てろ。
 適当に飲み物でも持ってきてやる。
 あと、氷な」


ベッドに押し込まれた。

声をかけようと思ったが、だるい。

声をだそうと吸い込んだ息を、溜め息として吐き出す。

足音が遠退いて、周囲が静寂に包まれた。

目をつむる。


程なく、美鈴が戻ってきたらしい。

ドアが開く。

目を開けるのは億劫で、美鈴に背を向けたまま様子を見る。

美鈴はベッド脇の棚にいくつかの物を置いた。


「寝てるのか?
 ……まぁ、いい。飲み水と氷は置いておく。
 あと、タオルも。飯は冷めるといけないからまた持ってくる。
 それと――――」


少し迷うような間があって、美鈴は言う。




「    」





呟かれた言葉。

少なからず動揺してしまう。

背後で、慌てて取り繕う声。


「あ、いや、違う。
 違うんだ、気にしないで。うん。
 あ、えっと、明日の仕事は、休め。
 別のヤツに回すから。
 それじゃあ」


あわあわと部屋を出ていく美鈴。

完全に気配が消えてから起き上がる。

不思議と熱のだるさを感じない。

持ってきてくれた水を一口飲み、再び横になる。




愛してると言ったキミの。




(その言葉を聞かなかったことにしたら、)
(キミは怒るだろうか)





――― end.

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