絆 -きずな- 番外編

□彼とお昼ご飯。
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「…………」

「…………」

「…………」


その日、僕らは見た。

『マリア最弱』と呼ばれる本部最強が、
キレイにハンバーグを解体しながら食べているところを。


「一星くん、あれ、何してんの?」

「知りませんよ……、
 あぁやって食べるとこ初めて見ました」

「あんなグチャグチャにされちゃ作った意味ねぇな」


目撃者は、僕、
科学班班長の吉北さん、
今日の食堂担当のマリア伊澄さん。


カウンター席に1人座る沖田さんを近くの席から窺う。

ナイフとフォークで崩されたハンバーグを、
スプーンに乗せて食べ始めた。


「ハンバーグにスプーン……」

「崩してわざわざスプーン……」

「スプーンとか面倒だろーよ」


僕らが各々呟く。

僕らの視線の先で、沖田さんは黙々と食事を続ける。


「あれ何してるんだと思う?」

「さぁ?」

「遊んでるだけじゃないか?」


こそこそと話す間に、相変わらず早い食事を終えたらしかった。

手を合わせて「ごちそうさま」と言い、
布巾でテーブルを拭く。


「意外と律儀だよな、光」

「変なところ、潔癖だったりしますよね」

「そうか?
 チビはイイ子ちゃんだからなぁ」


「何こそこそしてんでさァ」


トレイを持って振り返った沖田さんが、
僕らのテーブルの前に立って言った。

反射的に全員が黙る。


「いやぁ? 別に?」

「大したことでは……」


愛想笑いで答える僕と吉北さん。

怪訝そうに首を傾げた沖田さんのトレイの中を覗いて、
伊澄さんが大きな声をあげた。


「?」

「なるほどなぁ、チビ……」


やれやれと肩を竦めた伊澄さん。

僕らも倣ってトレイの中を見る。


「あっ」

「あ」


ハンバーグの乗っていた鉄板に残った
みじん切りにされた人参。

恐らく、ハンバーグの中身だろう。

付け合わせの人参グラッセに手をつけた様子はない。

野菜スープのお椀にも丁寧に人参だけが残っている。

要するに。


「チビは人参嫌いだったな」


そういうことらしかった。

今、本部では人参がたくさん手に入ったからと
人参フェアが行われている。

どの料理にも人参が使われており、
人参を避けることは困難。

どうしてもお腹が空いてしまった沖田さんは、
仕方なくハンバーグを解体して食べたらしい。


「バカな!!
 腹に入りゃ何でもいいって言ってたじゃねぇか、光!」


グラグラと肩を揺すられ、
沖田さんは危ないと思ったのか、トレイをテーブルの上へ下ろした。

肩を揺らす吉北さんの腕を掴み、揺らすのを止める。


「だって、人参は美味しくねェじゃん」

「で、でも、好き嫌いはよくないですよ?」


僕の言葉に、吉北さんから僕へと視線を移す沖田さん。

「はぁ?」と眉間にシワを寄せる。


「昔、好き嫌いはダメだって言われたろ?」


と伊澄さんに言われ、沖田さんはますます眉を寄せた。

不思議そうに伊澄さんを見ながら、「別に?」と言った。


「嫌いなら無理に食べなくていいって。
 残ったのは食べてあげるって言われやした」


沖田さんの発言に、一度時が止まる。

わなわなと震えた吉北さんが、


「過ー保ー護ーっ!!」


叫ぶ。

伊澄さんも苦笑する。

沖田さんは首を傾げた。


「過保護!
 過保護すぎるぞ、光!
 そのうち死ぬぞ!」

「?
 人参食べなくても死にゃしねェでしょう」

「いや、死ぬ!
 世界中で食べ物が人参だけになったらどうするんだ!」

「え、そしたら死ぬから別に問題ねェ」

「問題だっつーの!」


まったくもう! と言いながら、
トレイに残されていた人参を口に運ぶ吉北さん。

貴方も過保護だと思います。


キレイに人参を食べ終えたトレイを沖田さんに持たせ、
吉北さんは返却口へと沖田さんの背中を押す。

歩き出した沖田さんの背に「お前なんか嫌いだーっ」と叫ぶ。

その頭を後ろから本間さんが叩いた。


「うるさいよ、直くん。
 何を叫んでるの」

「うるせぇ!
 光に過保護すぎるんだよバカ!」


はぁ? と首を傾げた本間さんに、
今までのあらましを話す伊澄さん。

それを聞いて本間さんは「あぁ……」と小さく呟いた。


「そうだね。
 人参くらい食べればいいのに」

「だろ!?」

「でも強制するのも可哀想だし、
 人参食べれないだけで死んだりはしないだろうし、
 まぁいいんじゃない?」


それを聞いた吉北さんは
「陸のバカーっ!!」と叫びながら食堂を出ていった。

その背中を見届け、


「直くん、今日は一段とうるさいね。徹夜明けかな?」


と、心配の色も見せずに本間さんが言った。

それに「3日寝てないって」と伊澄さん。


「あ、あの」


僕が声をかけると、2人が僕を見た。

僕は気になっていたことを問う。


「過保護に育てられたり、
 律儀だったり、
 沖田さんて、実はいいとこの子なんですか?」


僕の問いに、2人は顔を見合わせ、
それから、


「全然。普通の家の子だよ」


「チビは坊っちゃんだからなぁ」



返ってきた答えは正反対だった。







――― end.

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