絆 -きずな- 番外編

□夏と秋の狭間で。
1ページ/2ページ

 

思い出の中のあの人は、いつも優しく笑っている。


茶色の髪と、澄んだ茶色の瞳。

背の低い俺の目線までしゃがんで、
頭を撫でてくれた。


思い出の中で、あの人はいつも笑っている。






気温も落ち着いてきて、すっかり夏の匂いが何処か遠くへ行ってしまった頃。


「この時期って、過ごしやすいですよね」


俺の前で黒髪が言った。


「いや」

「過ごしにくいですか?」


つい口から出手しまった音に、黒髪が反応する。


「暑くも寒くもなくて、よくないですか?」

「んあァ、気温の話な」


傍にあったリンゴを手に取り、そのままかじる。

小さな音が生まれた。


「俺はこの時期が一番嫌いでさァ」

「そうなんですか?」

「……さっきから質問が多いな」


じ、と視線を向けながら俺が言うと、


「うわ、すみません」


黒髪は慌てて謝辞を述べた。


「まぁ、別にいいんだけど」

「えっと、理由とか聞いても……?」

「イヤっつっても聞くんだろィ」

「そ、そんなことないです!」


俺の溜め息を聞いて、黒髪は首を振る。

思ってもいないことを言いながら。


「いい、別に。大したことじゃないし」

「本当ですか!」


ほら、顔が明るくなった。


「思い出すから嫌いなだけだし」

「思い出す?
 何をですか?」


食べ終えたリンゴの芯をごみ箱へ捨て、


「内緒」


小さく答えてから部屋を出た。







.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ