優、雅。

□第1話『死ねない少女と死にたい少年』
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俺の止まりかけた人生の歯車は、
5年前のあの日に再び、ゆっくりと、動きだした。

音を立てながら。









5年前─―──。

14歳。中2。

栗色の髪に、焦げ茶色の瞳。

髪は男子の中では長髪、
女子の中では短髪に分類される長さ。
ストレート。

以上。

俺は一見、どこにでもいそうな人間だった。


11月4日。水曜日。平日。正午少し前。

通ってる中学の、自分のクラスの、自分の席。

窓側の一番後ろの席。

教壇に立って、チョークで黒板に文字を書きながら、ダラダラと喋る先生の後ろ姿を
教科書と白紙のノートを広げて右手で頬杖をつきながら眺める。

ちなみに、俺の聞き手は右手。
シャーペンも消しゴムも筆箱の中。


そんな退屈な、つまらない、眠くなる授業を受けているはずの俺は、
人通りの少ない、というか、全く無い道を歩いていた。

もちろん制服じゃない。


この先にあるのは小高い丘。

そこを真っすぐ通り過ぎると、雑木林。

その先は自殺の名所、
何百メートルをほぼ垂直と言っていい位の角度で落ちる崖。

名前は……、忘れた。


丘には休日ともなれば、季節を問わず、
どっかの仲のいい家族がピクニックに来たり、写真家や画家などが来たりするが、
今日は平日。
誰も居ないだろう。

俺の足は丘の方へ向かっているが、
別にピクニックでも写真を撮りに行くわけでも絵を描くためでもない。

そもそも俺は手ぶらだし、丘には用はない。

俺が用があるのは自殺の名所の崖の方だ。


もちろん、自殺志願者を止めるボランティアなわけでも
自殺する奴等を見るためでもない。


自殺志願者は、俺だ。


さっき言ったが、俺は今日、学校をサボっている。

でも、これは今日に限ったことではない。

昨日も一昨日もその前も。

1年の夏休みになる2週間ぐらい前からずっとサボっている。

いわゆる、“不登校”ってやつだ。


この道は学校とは正反対の場所。

関係者には見つからない。


傾斜が緩やかな上り坂を登り切ると、
この町が見下ろせる丘に着く。

この町で唯一、町を上から見れる場所だ。

この丘は広く、見える景色は少しずつ違う。

その中でも“特等席”と呼ばれるところがあり、
そこは他の場所よりも景色がきれいらしい。

俺にはよく分からないが。


席といわれるだけあって、
そこには大きな石が椅子のように置いてある。

2人で座っても余裕があるほど大きい石が。


しかしそこは、雑木林の近くのため、
子連れの親子はあまり近くにこない。

昔、子連れの親子がそこの近くでピクニックをしていたが、
親がふと目を離した隙に子供が雑木林を抜け、
崖から転落した事故があったらしい。

近寄らないのは事故だけが原因ではないらしいが、俺はよく知らない。


他にも雑木林に近い場所もあるのに、
どうしてそこだけ近寄らないのか、俺には理解できない。

世の中は分からないことだらけだ。


俺は丘には用はないから通り過ぎた。

通り過ぎようとした時、“特等席”に座っている人がいることに気付いた。

気付きはしたが、俺はその場を通り過ぎた。





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