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BL未満のアホな小話です。
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 *** 悪化する前に対処するべき病についての見解 ***






「仕事に行きたくありません」


昨日の夜から数えてこれで三十六回目だ。
有給を三日挟んで会社のシフトに休みを組み込み、この男が夢の五連休だとはしゃいでいたのは今から百二十時間ほど前。
五日前の夕食時は浮かれて手が付けられず、次の日は朝早くからやたらとテンションが高くて、その調子でどこかしこへ遊びに出かけたりなんだりしていたようだったのだが。

連休最終日を迎えた今日、現在午後八時三分。
同居人が死んだ魚のような目をして途方に暮れている。


「あー終わった。俺もう終わった。明日からまた社畜と化して意味があるんだかないんだかも分からない仕事に一日中明け暮れハシタ金のために休憩時間も強奪されるサビ残上等の家畜労働者として酷使される毎日が訪れるんだー」
「………うるせえな」
「は?!なに!今煩いって言ったッ?はーぁぁあ?うっそーぉおおーっ信じらんねえー!!超イミ分かんないぃいい!!」
「……………うるせえ」


同居人は長めの休暇を本気で久々に勝ち取ったせいかヤバい方向へと転落中だ。おそらくこれはサ○エさん症候群の酷いヤツだろう。
五日間飽きもせずに羽目を外して遊び回って、明日の仕事のことを否が応でも考えてしまう今のこの瞬間が一番つらい時なのは良く分かる。
しかし重症患者と化したこいつは目の据わり方が尋常じゃない。
ハイテンションのまますくっと立ち上がり、戦場にでも赴くかのごとき足取りで玄関へと向かった。


「つー訳でちょっと夜遊びしてくるな!」
「どういうこと?夜遊びって程遅い時間でもないよ?」
「盗んだバイクで走ってくる!!」
「そう。気を付けてね」


こりゃ駄目だ。マックスで頭ぶっ飛んでいる。

まあでもいい。あいつもたまにはバカな事の一つや二つくらいしてくればいいんだ。
なんだかんだで俺達はかれこれ十年以上の付き合いだけど、中学時代に知り合った当初からあいつの真面目っぷりはちょっと引くくらい徹底していた。
無遅刻無欠席は当たり前。成績優秀、運動もできる。学級委員長は半ば押し付けられる形で渋々引き受けていたけれど結果的には常にクラスをリードし、頼れる存在として輝かしく真面目道を貫くあいつはいくつになっても堅物のままだ。

酒は飲まない煙草は吸わない、好みの女はヤマトナデシコと本気で言ってのけるいかにもな童貞野郎。
遊ぶ術をそうは持たないこいつが連休中に何をしていたのかと聞けば、公園で鳩に餌をやってきただの川で鮎漁を眺めて来ただの。
じじいかてめえは。そう言ってやりたくなる内容ばかり列挙されてきたが、今夜はとうとう間違った方向にぶっ飛んで尾崎ごっこをしてくるとの宣言だ。
犯罪には手を染めないでほしいがあいつもたまには若者っぽく遊んで来ればいい。




なんて思っていた矢先。俺のあいつに対する認識はまだまだ浅かった。

奴が出て行ってから二時間ほどが経過した頃。
風呂から上がって缶ビールを開けたところで俺のスマホに見知らぬ番号からの着信が入った。
何かと思いつつも応じてみれば、聞こえてきたのはやはり知らない男の声だ。


『あ、すみません、草野さんのお電話番号ですか?』
「は?ああ、はい。そうですがどちら様で…?」
『警察の者です』


…………はて。

新手の詐欺か。そう思ったがしかしそうじゃなかった。
事情説明に入っている警察と名乗る男の声の後ろ、なんだかしゃくりあげている感じの別の男の声が気になって仕方ない。

いやもうなんつーか。なんと言うのかホントにもう。


『という訳でこちらにお電話させてもらいまして。この人大分酔っちゃってるみたいで泣き止まないんですよ。できれば迎え来てもらえるとありがたいんですが……。こちらから送って行ければいいんですけど、住所聞くと自分は人生の迷子だと叫びだすので』
「……………すみません。すぐ行きます」



あの馬鹿野郎。

掛かってきたのは詐欺でもなんでもない、正真正銘警察からの電話。ウチの近くの交番からだ。
電話相手の後ろで泣いていた男の声の正体はと言えば、それは紛れもなくウチの真面目な尾崎を夢見る男のものだった。
 

警察の話によればこうだ。
あいつは尾崎ゴッコをするべく夜の街を徘徊していた。しかし夜遊びなんて早々しない奴にとっては一人で繁華街を歩くこと自体なかなか無い機会。
きょろきょろと、どうすればいいかと迷ってでもいたのだろう。

そんな奴の目に留まったのは飲み屋でも風俗でもなく、ゲーセンの裏でたむろするちょっとガラの悪い若者たちだった。
イキっがっちゃいるがそいつらは明らか未成年。真面目且つ正義感の塊みたいなこいつは優等生魂に要らんところで火を点けた。
委員長モードでその集団の前に立ちはだかり、一言説教垂てやろうと口を出す。しかし若者たちはそんな訳の分からない真面目な男に応じるはずもなく。
そこはセオリーのごとくリンチにもつれ込まれ………たわけじゃなくて、こいつはよっぽど運がいいのかそれともマヌケの星に生まれたのか、まあまあお兄さんと集団の一人にタラシ込まれて、言われるまま一緒になってしゃがみ込んだ流れで缶チューハイをごちそうになったらしい。

普段飲まない男はもちろん酒にとことん弱い。
ジュースみたいな甘い酒一杯で早々に楽しくなってきて、集団に交じって仲良くぎゃあぎゃあ騒いでいたそうだ。
だがそこに訪れたのは今度こそほんまもんの正義の味方。
巡回中の警察に職質され、少年たちは補導を免れ家に帰るんだぞと窘められたものの、酔い潰れたあいつは自分の名前を言うのもやっとで止む無く警察に保護された。



「まあ未成年に酒なんて飲ませるのは言語道断だと言いたい所ですがね。ただ実際はこの方、飲ませた大人ではなくて飲まされた大人ですから。我々としてもこれ以上どうこう言うつもりはありませんが、最低限の節度をもって常識を弁えてほしいとだけ言わせていただきますよ。あなたに言っても仕方のない事ですけど」
「………申し訳ありません。どうもご迷惑を」
「しかしあんたも大変だね。とにかく夜道に気を付けて帰って。なんならご自宅まで付いて行きましょうか?その人自分じゃまともに歩けないでしょ」
「イエ……。大丈夫です、スミマセン」


このアホ野郎、明日になったらシバキ倒す。

人情が売りのラーメン屋のおやっさんみたいなお巡りさんで良かった。
半笑いで呆れ混じりのお叱りを受け、引き渡された大馬鹿野郎を肩に担いで交番を出る。

チラッと振り返るとおやっさんが交番の前で去りゆく俺達を見守ってくれていて、ペコッと頭を下げると敬礼の代わりに軽く手を振られた。
超いい人。今度こいつ連れて改めて謝りに来よう。


ここからウチまでは徒歩十分とかからない。普段なら。
しかしほとんど自力で歩く気のないこのアホを担いでいると平坦な道のりもなかなかうまくは進まなかった。
左腕を俺の首に回させ、何が楽しいのか男の腰をしっかり抱いて家までひたすら歩く。気を抜けばグースカ寝こけるこいつに、この数分で何度頭突きをかましたかは分からない。
両手が使えないとあっては正当な手段だろう。
明日の朝にこいつの頭にこぶができていた所で俺に責任はない。それどころか俺だって痛いんだ。


「んんー」
「オラ、馬鹿。てめえで歩け。しゃんとしろ」
「永遠なる尾崎よぉお。俺が盗んだバイクは走り出しませーん!!」
「盗めてねえから安心しろ」


駄目だ。これは駄目すぎる。


「そつぎょぉーぉおお」
「歌変わったぞいいのか」
「シングルベッドの上でぇ」
「一人で寝るんだろ」
「あいらぁああーびゅー!」
「分かったごめんね」


もうヤダこの酔っ払い。
ガキと酒なんか飲んでいないで、風俗にでも行って女に嵌めてくれば良かったんだ。
情緒不安定な童貞は大分めんどくさい。


溜息をつき、暴れるこいつを宥めて再び歩き出す。
急におとなしくなったこいつは完全に俺へと凭れ掛かり、担ぐ勢いで体重を支える俺はどうにかやっとで歩いている。

思えば仕事仕事で毎日キビキビと動いているこの男が、こうやって羽目を外した姿なんて見た事もなかった。
元々天然の気はあったけど生真面目な性格がそれを打ち消し、常にしっかり足を立たせているこいつがこんな状態になるなんて。


二人で同居を始めて、これでもここ最近は俺にも気を許してきたんだろうなと思っていた。
外に一歩出れば本気で真面目一本だけど、家に二人でいる時だと時たま不思議少女みたいな事を言い出す事もある。
本人は認めないけれど可愛い物が好きで、モフッとした小さいひよこのぬいぐるみを気紛れに買って帰ったら、言葉では冷めていたくせに目をキラっキラさせてぬいぐるみを自室へと持って帰った事もあった。

溜めこんでいるから、発散させようとするとこういうことになる。
遊びベタな同居人はこれからもきっと変わらないはずだ。
休みが重なった時、たまには俺がどこかに腕を引っ張って連れ出してみようか。


「んー。おざきぃー」
「どんだけ好きなんだ」


バイクでも買うか。幸か不幸か大型二輪の免許なら持っている。
こいつを後ろに乗せて、気分だけでも尾崎に浸らせてやるのも悪くない。それはそれで文句を垂れられそうではあるが。


「おいバカ。寝るな」
「んー……んん…、」
「…………しゃあねえな」


遊びベタな真面目な男に、真面目に遊び尽くす方法を教えてやろう。
男なんていくつになったって所詮はガキだ。学生気分を振りかざしてバカみたいにぎゃあぎゃあ騒げる。
騒ぐ術を知らずにここまで来たこの男には、今こそ生真面目委員長から卒業させるべきだ。

いい年こいて何してんだか。
そう思って呆れかえるくらいの、そんな経験を俺がこいつにさせてやろう。


「バイクは盗まねえけどな」
「むぅ……」
「……アホ面」


人に凭れ掛かって耳聡く何かに反応したこいつ。
むにゃむにゃと言葉にならない何事かを紡ぐバカ野郎の額をペチンと叩いた。

長くて重い、けれど妙に笑えてくる夜道。
手の焼ける生真面目童貞を担ぎつつ、尾崎メドレーの鼻歌交じりにゆっくりタラタラと歩いて帰ったのだった。





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