中編・短編

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「あんたの夫、どうにかしなよ。もんの凄い迷惑」
「おかげで国は安泰だわ。私も夫に最高の地位を捧げたもの」

―――幸せだわ。
紅茶の入ったカップに口づけ、女王は目の前の男に悪戯っ子のように笑いかけた。その表情には年の割には女王と言うより、子供らしいという印象を受ける。
女王と対談する男―――その昔はこの国の兄貴分でもあったフランスは、呆れたような溜息と、その表情を女王に向けた。女王の態度は依然として変わらない。
本当にこの女王は読めない。フランスは思う。弱体化していたこの西洋に浮かぶ島国を、これほどまでに強国に仕立て上げた揚句、太陽の沈まない国と謳われた大国スペインの無敵艦隊を破り、今やその称号さえも我がものとするこの国の君主、エリザベスに。

「レディエリザベス、何を考えておいでで?」
「そうね。一体今頃あの海賊さんは、どこをほっつき歩いているのかしら・・・とか?」

あれが、ほっつき歩く程度かね・・・。
女王の表現に、フランスは苦笑を浮かべた。女王の言う海賊さんとは十中八九あの男、自分と同じく国の化身たる存在、イギリスの事だろう。いや、海賊としてならば、キャプテン・アーサー・カークランドとでも呼ぶべきなのか。

「綺麗ね」

手に取ったティーカップを見つめ、女王は言う。時折吹く風は、彼女の髪を揺らした。
―――赤毛、欧米では疎まれる髪の色だ。かつてイエス・キリストを裏切ったとされるイスカリオテのユダも、アベルを殺したカインも、ゲルマン神話に出てくる悪神ロキもまた赤毛とされている。つまり赤毛とは「悪」のイメージが強い。
そしてこの赤毛とはスコットランド、アイルランドに多い。つまり、イギリスに多いという事となる。目の前の女王も良い例だ。
この女王もまたイギリスに反映と栄光を齎したとはいえ、他国では多大なる被害を及ぼした。その代表的な国がスペインである。この目の前の女王はスペインの財宝を積んだ船を間接的にとはいえ自国の海賊に沈めた他スペインの誇る無敵艦隊を破った。それもこの女王、スペインが海賊の被害を訴えた際には「尋問なしに罰は下せない」と言い訳をしたにもかかわらず、宝物船を襲ったその海賊にナイトの称号を堂々と送ったのである。スペインにも包み隠さず、それはもう堂々と。この出来事はイギリス国民の支持を集める事に成功したが、スペイン側には挑発としか取りようが無かった。
そうして無敵艦隊との戦争が勃発したのだが、それさえも勝利してしまった。

―――女王様様だな、こりゃ。

風に揺れるその赤毛は疎まれる赤であるのに、この女王の赤は美しい。フランスはそう思った。

「イギリスがあんたに夢中になるのも分かるよ。国家と結婚した女王なんて、そうはいない」
「国を治める君主たる者、国を第一としなければ」
「女としての楽しみなんじゃない?色恋ってのは」
「―――それは、貴方でしょう?フランス」
「違いない」

女王の言い分に納得する。自分の足元を見れば、それは違いない事だからだ。

「―――女王陛下」
「・・・分かったわ。でも、あと少し待って」

会議でもあるのか、臣下の者が女王を呼びにやってきた。女王は眉間に皺をよせ、溜息をつくと遊ばせていたティーカップをセットになっていた皿の上に置く。

「楽しい時間は、すぐ終わってしまう」
「レディ、貴方にそう思われるとは光栄だ」
「それをアーサーが聞いたら、きっと悔しがるわね」

反面、女王は嬉しそうに笑った。
趣味の悪いことだ。嫉妬する事で自分への愛情を確かめようとするなんて。まあ、好き合っている者同士ならそれだけ愛されていると優越感に浸れるのだろうけれど。だがそれがあからさまなこの女王に、尚更趣味の悪さが垣間見える。全く、見えにくい愛だことだ。
相手に一番と思われていたい、その気持ちは女王でも変わらない。

「俺よりも、あいつはあんたの愛人に焼いてるんじゃない?」
「一番はアーサーよ。彼も、頭では割り切れているわ」

頭では割り切れているという事は、心では割り切れないということだろうか。

「いいじゃない、焼くくらい。それなら私はあの人に寄って来るこれからの女にも嫉妬しなくちゃいけないわ。寿命が違うって、こういう時に痛感するものね」
「それが分かって、国家と結婚したんでしょ?」
「えぇ、そうよ」

でも、割り切れないところもあるの。
女王はどこか、寂しそうだった。





「(うわー、懐かしい夢見た)」

昨晩のどこぞの元ヤンと飲み比べて、頭が痛い。こりゃ二日酔いだな。
普段会議では寝ることなどしないのだが、今回は眠気に負けてしまった。いや、案外あの女王が自分の事を思い出してほしくて、この夢を見せる為に眠らせたのかもしれない。
戯言だな、こりゃ。

「―――い、おい!聞いてんのかこのくそ髭!」
「あー・・・、俺今お前の顔見たくねー・・・」
「俺もだよ!」
「・・・こんな極太眉毛の、どこがいいんだか」
「は?!」
「知ってたー?俺あの女王とお茶会の後あ〜んな事やこ〜んな事したのよ〜?」

ま、嘘だけど。
あんな夢を見たら、何だかからかいたくなってしまった。きっとあの女王もこれを望んでいる。自分をまだ、思ってくれるか。その方法は相手に焼きもちを焼かせるくらいしかない。この卑屈で嘘ばかりの男には、尚更。

―――どうせ今頃、天国かどっかでこんな眉毛の事を見守ってんでしょーね・・・。

良い女だった。美人だからというより、その雰囲気で飲まれて、惚れていくような。
まあでも、尻に敷かれるのは勘弁だな。

次の瞬間、口の中に黒い物体が入ってきたのを、俺は覚えている(後日談)。
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