少女よ翼を抱け
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「お、ななこちゃん!今日も良い絵を描いてくれよー!」
「私買いに行くからねー」
―――おじさんの店を通る度、この町の人達はそう言って歩いていく。
「真翼ななこ」、この街では奇妙な姓名をした麦わら帽子の新米絵描きとして、有名になっていた。
* * *
「何?行く宛てが無い?まあ、それは確かにそうだな・・・そうだ!うちに来ると良い。丁度孫の部屋が余っているんだ」
1週間前、私の経緯を知ったおじさんは私を拾ってくれた。
「しかし、ただ恩を受けるだけでは心もとない」と言う私におじさんは仕事を与えてくれた。
「絵を描いてみないか?」
どうやらあのおじさんはこの街で有名な画家だったらしい。絵画を売りながら生活している彼は、私を一目見て・・・というのは冗談で、私のジャージの中に着ていた「絵心」文字入りのシャツを見て、絵を描く事が好きだと分かったらしい。
「しかし、女の子がそんな服装・・・。いや、何でも無い。うちには孫の古着しかないが・・・それを貸そう」
と、少し失礼な事を言いながら。
まあ、そんな私の事を見込んで、この仕事を私に持ちかけてくれた。
確かに私は絵を描く事が好きだ。中学で入っていた美術部ではあまりまともに練習はしていなかったが、高校に上がってからは本格的に水彩画や油絵に手を出してきた。・・・先生の趣味で水墨画も少し、した事がある。
しかし、そんな私がプロの画家と腕が並ぶ筈がない。
そう言って断ろうとしたのだが、おじさんは「教えるから」の一点張りで結局は手伝うようになってしまった。
ちなみにあの麦わら帽子は今日も私の頭の上に乗っている。
「お、ななこちゃん新作出来たかい?おじさんの絵も綺麗だけど・・・俺はななこの絵も好きなんだよ。何て言うんだっけ?えーっと・・・あぁそうアニメ絵!あれ、良いよねぇ!」
『あ、有難うございます』
それも何故か、極一部の人達からはアニメ絵を気に入られて。
描くんじゃなかった。まさか気に居る人間がいるとは思わなかったと後悔していると、2階からおじさんが降りてきた。
「キャンバスが少なくなってきた。すまないが買い出しに行ってくるから、店番をしてくれないか?」
『あ、はい』
私の承諾を聞くと、おじさんは慌ただしく店から出て行った。
『(忙しいのかなぁ)』
絵だけで食っていくだけでも大変なおじさんの事を心配しながら、私は店のカウンターに回る。
丁度お客さんから見られる窓には、私の絵が飾ってあった。「春」をテーマにした、私の元いた世界の風景。
桜が咲き乱れ、花弁が吹雪のように降り注ぐ中、少女と家族が仲睦まじく映っている風景。
しかし塗り方は雑だし、どうも上手くグラデーションが出来ていない。昔からこの技法は苦手だったが、まさかここまでとは。
けれどもおじさんは根気強く教えてくれて、何とか上手く隠す事は出来た気がする。あのおじさんは上手い、本当に。
―――それに加えたら、私は高校一年生のころから・・・。
『・・・あ』
―――不意に、元の世界の事を思い出す。
ここ暫く、この店に居るとふとしたことで思い出す様になった。店番をする時、絵を描く時、寝る時・・・。本当に色んな時に。
恋しくない、と言えば嘘になる。でも、本気で戻りたいかと聞かれれば、微妙と答える事だろう。
『(・・・私は、帰りたいのだろうか)』
こんなにも、順風満帆な生活を送れていると言うのに。
そんな事を思いながら、首の「もの」を触る。
ここの店に来て初めて鏡で確認した時は、本当に何の変哲もない首輪に見えた。おじさんからも「あまり可愛げのないくb・・・ネックレスだな」と言われるほどに。
順風満帆、普通の生活。確かに今の子乗せ且つはその通りだ。だが、この首輪の事を思い出す度、本当にそうなのかと疑いたくなる。
―――元の世界、首輪、この生活・・・。
暫くそんな事を考えながら窓を見つめていると、人影らしきものが窓に映っていた。
『?』
何故入らないんだろうか、そう考えながら暫く様子見してみる。
「これうめーなぁ」
『あ、狸か』
・・・
・・・・・
・・・・・・・
狸?!
『え、狸?!』
気付けば私はカウンターから出ていた。