Short (1)
□エース様からの甘い贈り物 *
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「うぅ…寒い…!最近さ随分冷え込んできたよね。真ちゃん」
「ああ」
「オレさぁ、冬って結構嫌いなんだよね。なんつーか寒さで体が硬くなるっつーかさ」
「そうか」
そろそろ朝と夜の冷え込みが厳しくなっていく11月21日。
部活からの帰り道。今日はチャリアカーに乗らずに普通に歩いて下校をしている。高尾は自分の両手に息を吐きながら他愛のない会話をする。そしてオレはその会話に相づちを打つ。
いつもとあまり変わらないいつも通りの日常。
だが、今日は…。
「あ、もう真ちゃんの家に着いちゃったね。んじゃあ真ちゃん、また明日な!」
「高尾」
「!」
手を振って帰ろうとする高尾の手を思わず掴んだ。高尾は「真ちゃん?」と不思議そうに首を傾げて、きょとんとした顔をする。
「……!」
うっ…!高尾を見ていると、何だか変に緊張してしまい、思っていた言葉を口に出来ないのだよ…!
待て…、落ち着くのだよ。いつもみたいに冷静さを保て。そしていつもみたいに要件だけを言えばいいのだよ…!
息を飲んで、高尾に視線を向ける。
「真ちゃん、どうし…」
「お前。今日はウチに泊まるのだよ!」
「は、えぇ…!?」
高尾の言葉を遮ってそう言うと、高尾のいつもの鋭い目付きは真ん丸に変わり、顔を真っ赤にして驚きの声を上げていた。
「なになに!?し、真ちゃん…!急にどしたの!?」
「な、何をそんなに驚く必要がある?」
今日に限らず今までだって何度も泊まりに来た事があるだろうと思った。ただ、いつも誘ってくるのが高尾からだというだけで。
「いや…だって!真ちゃんからお泊まりのお誘いなんて今までなかっただろ…!?それに平日はいつもダメだって…!」
「ああ…」
そういえば、確かに平日の泊まりは許した事がなかったな。しかし今日でなければ駄目なのだよ。今日でなければ人事を尽くせない。
「細かい事は気にするな」
「い、いやぁ…細かくないっしょ…!すげぇデカイ事だよ」
「お前は今日…、何か用事でもあるのか…?」
「え…?」
今日は高尾にとって大切な日だ。だから、もしかしたら家族で過ごす予定があるのかも知れない。その時は不本意だが、潔く諦めるしかないのだよ…。
その事を覚悟しながら問い掛けると、高尾は大袈裟に首を左右に振り始めた。
「用事!?いや、ないない!!全然ねぇけど、真ちゃんから誘ってくれるのが珍しかったからちょっと驚いただけだよ!!」
「じゃあ、今日はウチに泊まっても大丈夫なのだな?」
改めて聞くと、高尾は恥ずかしそうに顔を俯かせて小さくこくん、と頷いた。
「うん。全然へーきだぜ?」
「そうか…。なら良かった」
「!」
安心したので顔を弛ませると、高尾はかぁぁぁっと耳まで顔を真っ赤にさせて、どう反応すれば良いのか分からないとでも言うように、金魚みたく口をパクパクさせる。
そんな呆然としている高尾の手を掴んで、オレは「行くぞ」とだけ言って、家の中に連れていった。
***
「で…、真ちゃん。今日は本当にどうしたの?てか、親御さんは?」
「ああ、今は二人で温泉旅行に出掛けているのだよ」
「温泉旅行っ!?」
「ああ。先日父が福引きで温泉旅行券を当てたらしいのでな、二人だけで行くように言ったのだ」
「うへぇ…、流石は真ちゃんパパ…。もしかして真ちゃんパパも真ちゃんみたく人事を尽くしているから一等を当てちゃったーとか、そんなオチ??」
「いや、父が温泉旅行券を当てたのは、たまたま運が良かっただけだろう」
そもそもオレの家族は誰もオレ程に人事を尽くしている者などいないからな。
「運が良かっただけって…!いや、でも十分凄いっしょ。てか、何で真ちゃんは行かなかったの?折角の家族旅行なのに」
「……」
たかだか家族旅行の為にバスケの練習が削れる訳にはいかない。それに今はWCに向けて猛練習中だというのに休んでいる暇などあるものか。
そんな事を思いながら、高尾の質問に返答せずにため息だけを漏らす。
「そんな事より、高尾。お前…、オレが何故こうしてお前の事を誘ったのか…。見当くらいは付いているだろう?」
「へ…?見当…?」
高尾はポカンと口を開けて、うーん…と考え込むように顎に手を当てる。
「今日は11月21日だよなー?何だろ。月末試験まで後二週間前とか?」
「違う」
「え?じゃあ…、オレと真ちゃんがお付き合い始めて三ヶ月目とか?あ…、ごめんそれは明日だよな」
「そうだな、それは明日の話なのだよ」
「あり?じゃあ………何かあったっけ?」
「………」
ちょっと待て…。本当に分かっていないのか…?それともオレが日付を間違えるなどの下らない凡ミスでもしているというのか…!?
もしそうだとすればオレは相当恥ずかしい事をしているではないか…!!いや、違う。確かに今日の筈だ、このオレが高尾の大事な日を間違える筈がない…!!というか、そんな間違いは断固として避けたい。そんな凡ミスをするなどオレのプライドが許せないのだよ…!!
「高尾…、一つ聞いても構わないか?」
「え、あ…うん。本当にどしたの真ちゃん?改まってさ…」
オレは色んな意味で早まる鼓動を必死に押さえながら、一つ深呼吸をした。そして眼鏡を中指で押し上げて問い掛ける。
「今日は…その…」
「うん?」
「お前の誕生日ではなかったか…?」
「……!」
"誕生日"という言葉を聞いた途端、高尾の目は大きく見開いた。まるでどうして知っているのかとでも言いたげな表情。
「あ…、うん。た、確かに今日はオレの誕生日…だけど…!あ、あれ…?何で真ちゃんがオレの誕生日知っているの…!?」
それは高尾の妹に聞いたから……など素直に言える筈がなく、顔をふいっと逸らして誤魔化す。
「そんな事はどうでも良いだろう…!と、とにかく!今日はお前の誕生日で間違いないのだな!?」
「う、うん!間違いねぇよ!すっかり忘れていたけど…」
その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。良かった…オレが間違っていた訳ではなかったのだな。
すると高尾は、あ…と言葉を漏らしてオレの顔を覗き込むように屈んだ体勢になる。
「もしかして真ちゃん…。オレの誕生日を祝おうとしてくれてたの…?」
「……ッ!」
確かにそのつもりなのだが、いざ本人にバレてしまうと何だか無性に照れくさくなり、言葉が詰まってしまう。
「真ちゃん、そうなんだよね?」
高尾が期待を満ちた瞳でオレをじっと見つめる。
その瞳を見られると、隠す事など出来る筈がなく、ぶっきらぼうに肯定した。
「そ、そうだ…!な、何か不満でもあるのか…!?」
「ううん、不満なんてある筈がない!真ちゃん大好きっ!!」
「なっ…!?」
高尾がいきなりオレの体に抱き着いてきて、ふにゃりと嬉しそうな笑顔を見せた。
ま、まずいのだよ…!そんな笑顔で見つめられてしまうと…理性が崩れてしまいそうになる。いや、待て。どこかの馬鹿犬みたいに盛るんじゃないのだよ。まだ全く誕生日を祝えていないというのに…!!
「わ、分かったから一旦離れるのだよ…!まだ何も祝えていないだろう…!」
慌てながら高尾の腕を掴んで離れさせようとしたが、高尾は決してオレから離れようとしなかった。力強く抱き着いて、ゆっくり首を振る。
「ううん、もう祝って貰ってるよ?」
「……?」
「祝おうとしてくれてるその気持ちだけでオレもう…十分幸せだから…」
「……ッ」
えへへと涙目になりながら嬉しそうに微笑む高尾は本当に可愛らしくて、オレは触れたい衝動が抑えきれなくなり、思わず額に口付けを落とす。
「んえ…!?し、真ちゃん…!?」
口付けを落とした瞬間、高尾は驚きを隠せないまま呆然とオレを見つめる。
「可愛い事を言うお前がいけないのだろう…!全く……、オレの計画を狂わす気か!」
本当に高尾のせいで計画が滅茶苦茶になりそうなのだよ…!我慢出来なくなる…!
すると高尾はオレに甘えるようにすり寄り、顔を真っ赤にしながら「じゃあさ…」と言う。
なんだ?と疑問に思いながら高尾を見つめると、互いの視線が合った途端、肩に顔を埋めて視線を逸らされてしまった。
そして少し緊張しているせいか、いつもとは違う弱々しい声で次の言葉を紡がれる。
「真ちゃんの口で…ケーキを食べさせて欲しい……な…」
「な…ッ!?」
予想外すぎる言葉に顔を紅潮させて驚きの声を上げると、高尾も「うぅ…」と恥ずかしそうに俯いた。
口とはあれか…?要は口移しでケーキを食べさせろと高尾は言っているのか…!?
全く…!今日の高尾はどうしてそんなに可愛らしいのだよ…!!無論、普段も可愛らしいが今日はその倍以上は可愛らしさが増している…!!
そんなお願いをされてしまったら断られる訳がない。しかも今日は高尾の誕生日なのだ。誕生日の時くらい素直になってたくさん甘やかしてやりたい。
「分かったのだよ…」
「え…!?ま、まじで…!?」
まさかオレが本当に了承するとは思わなかったのか、高尾は真っ赤にしながら肩から顔を上げる。
「今日はお前の誕生日だからな。誕生日の時くらいうんと甘やかしてやるのだよ」
「ふぇぇぇ…!?」
綺麗な髪を撫でながら頭に口付けをすると、分かりやすい動揺の声が返ってきた。というか何だその可愛い驚き方は。その声を聞いただけで欲情してしまうではないか。
しかし、やはり今は抑えるべきだと考え直し、ベッドから立ち上がる。
「じゃあ、ここで待っておけ。ケーキを取ってくるから」
「ちょっ…!?し、真ちゃんっ…!」
そしてオレは混乱している高尾にそう声を掛け、冷蔵庫に冷やしてあるケーキを取りに居間に向かう事にした。
「し、真ちゃん…。ま、まじで……?」