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□最高の愛情表現
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7月7日。

世間一般では七夕の日だと認識されているが、高尾にとっては特別の日であった。


そう…、今日は恋人である緑間の誕生日。


これといって何かプレゼントを用意した訳ではない。いや、正確に言えば彼の欲しい物がさっぱり分からず、当日までに用意が出来なかったのだ。

だから、今日は緑間に何が欲しいか直接聞いて"誕生日おめでとう"と、きちんと言おうと考えていた。


【最高の愛情表現】


高尾と緑間はいつものように朝練を終えて教室入ると、女子達がやけにきゃーきゃーと騒いでいるのが見えた。

高尾は席に着きながら緑間に話し掛ける。

「真ちゃん!あれ何事だと思う!?」

「知らん」

緑間はあまり興味がないのかスッパリと切り捨てて不快そうな顔をするが、何となく女子の会話に聞き耳を立てていた。それは高尾も同様だ。

どうやら会話を聞く限りは女子の一人が彼氏から誕生日に指輪を貰ったらしく、それを左手の薬指にはめて嬉しそうに自慢をしていた。

「良いでしょ〜!これ彼氏から貰ったんだー!」

そう言って大切そうに指輪にそっと触れると、周りの女子がいいなぁ〜、と羨ましがっていた。

そのやり取りを見ていた緑間は分かりやすく眉間に皺を寄せて、読みかけの文庫本を取り出す。

「…下らん。何故そんな事で騒げるんだ」

すると緑間と逆に高尾は微笑ましそうに女子達に目線をやり、口元を緩ませる。

「え〜?騒ぐ気持ち、オレ分かるよ?女の子の夢ってやつじゃん!憧れねぇ?」

「…オレもお前も男なのだよ。だいたい左手の薬指に指輪をはめるという行為は、軽々しく騒げるようなものではないだろう」

「え?単純に結婚指輪って意味じゃないわけ?」

「意味は結婚指輪であっているが、何故はめるのに左手の薬指が指定されていると思う?」

左手の薬指に指定…。そんな事を一度も考えた事がないし調べた事もないので、すぐに彼に答えを求める。

「そういやなんで?」

すると考える気がない自分の言動に多少苛立ちを覚えたのか先程より声を荒げる。

「少しは自分で考えろ!……古代ギリシャでは人の心、感情や愛は、心臓に宿ると信じられ、また左手の薬指は心臓に繋がっているとされていた」

「えーっ…と?」

随分と難しい…、というより複雑な言葉で返されたので口をポカンと開けて首を傾げる。
自分の説明に高尾がイマイチ理解出来ていない事に気付いたらしい緑間はもう少し分かりやすく、言葉を言い換える。

「つまり、左手の薬指は心臓や心や愛に等しいのだよ。そして、指輪は永遠と輪廻を象徴している。故に、本来左手の薬指に指輪をはめることは心臓や心を相手に捧げることであり、永遠の愛を誓う…。例え輪廻によって何度生まれ変わったとしても、相手を必ず好きになるという誓いなのだよ」

緑間は未だに騒いでいる女子達に冷めた目線を送る。

「永遠や来世どころか、数ヶ月も経てば別れているだろう相手に左手の薬指に指輪をはめられて喜ぶなど愚の骨頂なのだよ」

フン、とつまらなさそうに鼻を鳴らし、手元の文庫本に目を落とす緑間の長い睫毛をぼんやり見つめながら、高尾は独り言のように小さく問い掛けた。

「…真ちゃんは、左手の薬指に、指輪…、はめたりしたくねぇの?」

「指輪なんぞはめたら、勘や手先の感覚が狂ってシュートが入りにくくなるのだよ」

こちらを見ようともせずに言い放たれた、あまりにも緑間らしい言葉に高尾は安堵すると同時に何故か酷く悲しくなった。しかし誤魔化すようにいつも以上にはしゃいで見せる。

「真ちゃんまっじめ〜!さっすがオレのエース様!」

誕生日プレゼントに指輪なんて少しロマンチックだなと思ったが、緑間はそういうのに興味がない事も、毛嫌いしている事も最初から分かっていた筈だ。

その事に少し残念に思う。だが、絶対に顔には出さない。高尾は必要以上に明るく振る舞いつつ彼に笑顔を見せた。

「……」

そんな高尾の姿を緑間はじっと見つめ、何かを考え込んでいた。




――そして日が暮れそうになる時間帯。

部活でのハードすぎる練習が終わり、最後まで体育館に居残ってパスやシュート練習をしていた緑間と高尾は、警備員に促され、体育館を後にして部室で着替えていた。

結局未だに緑間に何が欲しいか聞けていないし、誕生日おめでとうの言葉すら言えていない。

高尾は彼に気付かれない程度に小さくため息を吐き出す。
そしてカッターシャツの袖に腕を通す時、ちらりと緑間の方に目線を向けた。

「……真ちゃ〜ん?そんな見つめられたら着替えにくいんだけど〜?」

「……!」

チラチラと、やけに自分を見てくる彼の視線に耐えかねて、和成恥ずかしいな〜とふざけ半分、本気半分で問い掛けると、緑間は一瞬躊躇うように目を伏せた。

しかし次の瞬間、シュートを入れる時と同じ、神に祈りを捧げるように、どこまでも真剣で敬虔な、翡翠色の目が真っ直ぐに高尾を見つめた。


「……っ」


緑間の宝石にも似た瞳のなかに自分が映ったのを見て、高尾の鼓動は早鐘のように鳴り出し、自分の心臓を服の上から押さえ付け、そして笑顔を張り付けて彼と向き合う。

「…なになに真ちゃんマジな話〜…、っ!」

あくまでいつもの軽いノリを装おうとする高尾の左手首を緑間は不意に掴んできて、腰を抱くようにして引き寄せてきた。

「え…!?し、真ちゃん…!?」

不意に互いの距離が近付いた事に軽く戸惑いを覚える。普段緑間は部室でこれほどまでに密着してこないのだ。だから今日に限って一体どうしたんだと疑問を持っても仕方がない。

だが彼はそんな自分の戸惑いを無視して左手の薬指を深く口に含んで、その付け根をガチリと強く噛んだ。

「…っ痛!? っな、なに真ちゃん!?痛い!はなしてっ…!!」

食い千切られるのではないかと錯覚する程の痛みと、道徳を重んじる緑間らしからぬ行動に混乱して叫ぶが、緑間は取り合わおうとしてくれず、更に何度か角度を変えて、高尾の左薬指の付け根を食む。

「し、…真…ちゃんっ…!」

痛みに耐えきれずになって瞼を閉じると、ようやく口から高尾の薬指を引き出し、指の付け根を一周するようにくっきりと付いた歯形に、満足したように口元を緩めた。

「きちんと歯形が付いたのだよ」

「……っ」

その笑みに放心したようにずるずると床に座り込んで、混乱と羞恥で耳まで赤くなった顔を、掴まれていない右腕に押し付けるように隠した。

「なにっ…?真ちゃん本当にどしたっ…、ぅあ!?」

蚊の鳴くような小さな声で問い掛けようとした瞬間、痛いほどの力で掴まれていた左手を放され、右腕を強引に顔から引き離される。
隠れるものが無くなり、恐る恐る緑間を見る高尾の口元に、緑間は自分の左手の薬指を翳して当然のように命じる。


「噛め」

「へ………?」
 
 
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