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□A
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「ちょい待て。そこのクソガキ」
ここは日本。付け足して言えば関東、氷帝学園中・男子テニス部の部室。
声量の無い、柔らかい低音の声質。そしてそれに似合ったとてもおっとりした関西弁。
耳の遠くなったお年寄りにはまず聞き取れないだろうしゃべり方で呼び止められて、心底ときめいた。
「どうしたんです?忍足さん」
ウキウキと満面の笑みをたたえ、思わずスキップでもしたい勢いで声の主を振り返る。
「どうしたんです?じゃないやろホンマ勘弁してや」
俺の声を真似たつもりなのか何時もより高い声で切り出す、俺の先輩。
なんだかとても、嬉しい。
「忍足さんって音域広いんですねー。ちっちゃい頃はさぞかし綺麗なボーイソプラノだったんじゃ…」
「そんなのどーでもいーねん鳳」
本当にどーでもよさそーに目の前の忍足先輩は肩まである少々長い髪を耳元でかきあげた。
そんな何気ない仕草に毎日ドキドキする俺。
「…結わないんですか?」
「あ?あぁ、これか。ちゃうわ、アホ、話逸らしたってダメやねん」
一瞬答えかけた素直な忍足侑士先輩。
「えぇ〜…きっと可愛いのにー、ポニーテールとか…」
「宍戸に頼まんかい」
「だってー。切っちゃったじゃないですかー」
「…自分、髪フェチやったん…?」
さっきより幾分げんなりした眼鏡の奥の切れ長の瞳。
「そんなことないです。ただ純粋に似合うんじゃないかとですね「わーかった。わかったからちょい黙らんかぃ。ついでにそれ今すぐ返せ」
ほれ。
と先輩は手を差し出す。
「それや、それ無いと俺、ウチ帰られへんやろ」
ため息混じりで差し出された手の平は「早く返せ」と言わんばかりに長い指がヒラヒラと動く。
「嫌です」
「…何がやねん…」
ガクッと項垂れた忍足先輩の頭。また盛大にため息を吐き、次の言葉を紡ぐ為だろう、うっすらと開けた唇の隙間から空気を取り入れながら顔が上がる。
「…鍵無くてどないして部屋入んねん…俺にここで寝ろ言うんか自分」
カタン、と。
小さく音を立てて先輩はすぐ後ろのロッカーに寄り掛かった。
傾げたままの首から漆黒の髪が気だるげに滑り落ちる。
無機質なものに身を預ける先輩が酷く艶めかしい。
ああ。どうしよう。
部屋が暗くなってきた。
ドキドキ、する。