『一枚の上掛け分の勇気を』


執務室に入るといつもの見慣れた緑のクーフィーヤを被った上司様の姿が見当たらない。
あれあれと疑問符を頭に浮かべながら部屋の中に入ると奥のカウチの上に狭そうに身を縮こまらせて仮眠をとっているジャーファル様がいた。
あらら、めずらしい…。

そう思うのも無理ないこと。
というのもジャーファル様は人前で素を晒すようなことはめったになさらない人なのだ。
だからまさかジャーファル様の寝顔を拝見できる日が来るとは思いもよらなかった。

窓から入る緩やかな風が色素の薄いジャーファル様の髪をさらさらと揺らす。
髪が揺れるたびに光の加減が変わり銀髪がきらきらと輝く。
それに魅かれるように私はカウチの傍に座った。
じいっと眠っているジャーファル様をここぞとばかり見ておく。
普段はどこか冷やかな色を灯らせるその瞳も今は閉じられ、長い睫毛が影を落としている。
鼻筋は通っていて高く、南国の国シンドリアというのに肌も東の国の磁器のように白い。
相変わらず女の私が羨ましいくらい整った顔をしている。

急に目の前からすんっと鼻を啜る音がして、思わず自分の身体がびくりと震えた。
いつも通りの官服を羽織ったままで眠っておられるジャーファル様。
外は日も暮れ始めて、気温も昼と比べれば下がってくる。
周りを見渡してみるが掛けれそうなものは何もない。
しょうがない。
ちょうど羽織っていた上掛けを脱ぐと、そっとジャーファル様に掛けようとした。
そこでふと思った。
わざとらしいと良く思ってない女官たちから嗤われるかもしれないし、もしかしたらジャーファル様ご自身から下心をもった女と軽蔑されるかもしれない。
一瞬の後、私はさっとジャーファル様に上掛けを掛けた。



夕暮れの廊下を一人ひたひたと部屋に帰る。
夜風が運んでくるひんやりとした空気がそっと私を包む。
その肌寒さにふるりと震える肩を自分でそっと抱いた。


例え嗤われても、軽蔑されても、それでも私は―。






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