青学×不二

□コンビニプリンと、デザートな僕と。
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「あー!その段ボールは開けちゃダメなんだよん!」




ガムテープを引き剥がそうとした矢先、飛んできた恋人に目の前の段ボールを掻っ攫われた。




「あ、うん」




そういえば デカデカと黒マジックで描かれたネコのイラストが段ボールに居座っていた気がして僕は無抵抗に頷いた。
片付いていない段ボールは山のようにあるのだから手持ち無沙汰になる心配はない。

そう、今まさに 僕らは引っ越し後の慌ただしさに追われている。
この夏の暑い時期に引っ越しなんてバカみたいだけど“1日でも早く”とお互い気を急いでこうなった。

明日には早速業者に入ってもらってクーラーを付けて貰う予定だから早いところリビングだけでも片付けなきゃならない。




「ふぅっ」




額の汗を拭って 堪らず息をつくけど、相変わらず頬は緩みっぱなしだ。
もう こうしてひとり微笑んでしまうのは何度目か知れない。

それ程に、これから始まる恋人との同棲生活に僕の心は浮ついていた。


今じゃ料理研究家として世間に知られるようにまでなった恋人は
自分のテリトリーだと言わんばかりにキッチン周りの支度にばかりに手を焼いている。

さっき僕から奪い取った段ボール箱も既にキッチンの奥だ。




「英二、ちょっと疲れたから息抜きにコンビニに行ってくるよ」

「あ、うん。ごめんにゃー、不二にばっかりリビング押し付けて」

「いいよ。何か欲しいものある?」




如何にも申し訳なさそうな彼に ふふっと笑って訊ねると、しばらく悩むような素振り。




「んー…じゃあプリン!」

「ん、わかった」




子供のように言う無邪気な英二に手を振れば、ダイニングキッチンの向こうから『いってらしゃーい』と声がした。
スニーカーの爪先をトントンッと打ちつけながら その一言が妙にくすぐったく感じた。
『いってきます』と玄関を抜けながら僕はもう一度頬を緩ませた。





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聴き慣れた入店音と共に 緑と青の看板をくぐった。

とりあえず頼まれたプリンを、と奥に向けて歩を進める。
引っ越したばかりの僕にとって馴染みのない店舗の配列はなんとなく不自然に感じる。
ちらりと横目に棚を確認しながら歩いていた僕は、あるモノに気付いて はたと足を止めた。






『プリン、ちょっと遅くなるよ。』


不意に震えたジーンズのポケットを確認すると、【新着メール 1件】。
開いてみれば、いつも通り絵文字のなしの不二らしい文章が目に映った。




(プリンが遅いってことは、帰りが遅くなるってことかにゃ)




どれくらい遅いかは分からないけれど、恋仲になる以前から深い親交があった俺は
『不二のちょっと遅いは結構遅いだな』と頭の中で結論を出して、ようやく落ち着いたキッチンを眺めた。




「よしっ!」




予想外に良いタイミングで外出してくれた恋人に心の中で賞賛を送りつつ、俺は文字通り腕まくりをする。

勿論『りょうかーい』とネコのデコメをくっ付けたメールを不二に返してから。





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「あっ」




家を出たときには夕暮れだった空がすっかり染まっていることに気が付いて僕は開いていた雑誌を閉じた。

随分長いこと立ち読みしてしまった雑誌とプリンを手にレジに向かうと、
アルバイトっぽい店員は不思議そうに雑誌を見つめつつもバーコードリーダーを当ててくれた。





住宅街に香る家庭ごとの夕食の匂いに 今しがた立ち読んでいた雑誌のあるページが思い返された。




『菊丸印のスペシャルディナー』




静止画の彼はフライパンを片手にピースサインをつくっていて なんだか眩しかった。

時々足に触れるビニール袋には、毎号 連載枠で英二のレシピを載せている雑誌とプリン。
元々料理は上手かったけど、ここまで来るともはや別世界の人間だな。なんて。

少し寂しさを感じながら歩いていると新居となったマンションは目の前だった。

まだカーテンのない、僕らの部屋に灯った電気。




「英二、プリン待ちくたびれたかな」




エレベーターのボタンを押しながら、僕はちらりともう一方の中身に目を落とした。




そして、今頃になってメールに気付いた僕は、エレベーターの中で僕はひとり呟いたのだった。




「なに、このブサイクなネコ」





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「ただいま」

「おかえんなさいっ、ふーじ!」




玄関を開けた瞬間飛びついていた英二にぐらりと身体が傾いた。



「おっと〜」

「ありがとう、英二」




結局英二に腕を引かれて体制を立て直す。
さすが、反射神経は健在だ。

なんて感心していると、美味しそうな匂いが鼻先を掠めた。




「良い匂いだね、英二。」

「えー、俺汗臭いからやめてよー!!!」

「違う。ごはんだよ。」




僕を支えていた腕をバッと離して大袈裟に仰け反る英二を笑いながら靴を脱ぐ。




「にゃ〜んだ、そっちかぁ!」




ころりと嬉しそうにする英二に僕も嬉しくなる。
それからまた大袈裟に傅いて僕の手を取ると『ご案内します』と悪戯に笑って段ボールに散らかった部屋をエスコートされた。

新調したダイニングチェアの椅子まで仰々しく引いてくれるもんだから それに甘えて席に着く。




「菊丸印のスペシャルディナーだよんっ」




まるで さっきの雑誌から切り抜いてきたみたいなテーブルだ。
僕が立ち読みしている間に用意された料理とは思えない程の豪華っぷり。

食材もこんなにあっただろうか?
来る途中に肉を買っていたのは知っていたけど 一体野菜やら調味料はどこから姿を現したのか…
そう思って部屋を見回せばネコのイラストがパックリと裂け、空になった段ボール。

必死に段ボールを奪取した彼の姿を思い起こせば合点がいった。




(なるほどね…)




英二のサプライズに『想われてるなぁ』なんて ちょっと自惚れ気味になる。




「なーんか普通の白いお皿しかなかったからつまんないかもだけど、どうぞ召し上がれ」

「そんなことない、すごく美味しそうだよ。」




口にした言葉は嘘でもお世辞でもなく、英二の料理が栄えるようで僕は好きだった。
それに実際、すごく美味しかった訳だし。







「ごちそうさま。」

「お粗末さまでした」




お互い小さく頭を下げて何って訳でもないのに笑い合う。
今までだってこんなことは何度もあったけれど、新しい生活の始まりはやっぱり特別だ。
こうして英二と笑い合えるのが何よりの幸せ。

幸せ気分と同調するように 膨れたお腹を擦ってふと思い出した。




「あ、プリン温くなっちゃった…」




丁度デザート時だというのに、白いビニール袋はキッチンカウンターにくしゃりと項垂れっ放しだったのだ。
冷蔵庫に入れるの忘れてた…




「じゃあ今日はさ―――…」




プリンを冷蔵庫に仕舞おうと席を立った僕の背後にはいつの間にか英二の影。
こういう時のお決まりの台詞が過って僕の背筋は凍った。






「デザートに不二を頂戴…?」






嗚呼、やっぱり。



To be continued…
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