青学×不二

□噂の茶バネ
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「ゴキブリって凍らせても死なないらしいよ」



シャープペンシルが紙上を走る音の中に、
あまりに唐突に放り込まれた、あまりに突飛な話題に手塚は眉を寄せる。



「突然何を言い出すんだ。お前は」



思ったままの疑問を、半ば不満という形で手塚が口に出す。
不二がケロリと『いや、ゴキブリがね』と切り返すものだから、手塚はますます皺を寄せて



「その話はもういい。」



と溜め息を吐いた。



「そう?」

「あぁ」

「遠慮しなくて良いんだよ?」

「していない。気にするな。」

「そっか。」



それきり、またカリカリとシャープペンシルが紙を引っ掻く音だけになった。

放課後の図書室は珍しいことに、手塚と不二の貸し切り状態。

つい先刻までカウンターで作業をしていた図書委員もどこかへ行ってしまった。
それは生徒会長の手塚としては目に余る事態であったのだけれども、
このニコニコ顔を前にするとついどうでもよくなってしまう。

邪念を払おうと、もう何度も引き締め直した気は
すっかり弛緩しきってしまって、引っ張りすぎたゴム紐のようだった。

そんな最中にはじまったゴキブリトーク。
手塚の気も知らないで、不二は数学のノートの片隅にゴキブリの落書きを施している。

手塚は溜め息と共に頭を抱える。



「でもさ、氷河期を生き抜いてきたんだからそんなものかもね」

「…あぁ」



手塚が返事の前の僅かな間で抵抗を示すが、ド天然の不二には通じない。
いや、わざとやっているようにも見えるけれど。

そんな頃には『いいなー』などと言う不二の手で、ゴキブリの落書きは触角を書き足されて完成を遂げていた。



「人間の髪の毛食べるんだって」

「…あぁ」

「寝てる人間の口から水分補給したりもするらしいよ」

「………」



それのどこが『いいなー』なんだ。と、手塚は思う。
それ自体前々から知ってはいたが改めて聞かされてもやはり気分が悪くなる。
手塚は微かに身震いした。幸いにも二匹目の落書きに取り掛かっている不二には気付かれていなかった。



「なぜゴキブリの話ばかりしたがるんだ。」

「え、だって」



二匹目も着々と完成形へと近付いている。



「手塚の家のゴキブリは、手塚の髪食べて、手塚の唾液を飲むんだよ?」



なんて悍ましいことを。
手塚の眉がこれでもかという位ひそまったところで、不二が顔を上げた。



「ずるいよね。」



落書きは未完成だ。
触角が1本足りていない。

手塚は溜め息と共にまた頭を抱えた。



「僕も手塚家のゴキブリになりたい。」

「バカを言うな」

「わりと真剣なんだけどなー。」



額を押さえた手の平の下で、眉間の皺はきれいに取れてしまっていた。

あの忌ま忌ましい2本のアンテナも、
もし不二にいつていたら愛おしく思えてしまうのだろうか?

そういえば髪の色もなんとなく茶、
一瞬でも、ふと過ぎってしまったビジョンに手塚はますます頭を抱えた。



俺も相当末期らしい―――…



END...

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