青学×不二

□炒り鳥
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あの日を境に、不二先輩は昼休みの度にオレの教室を訪ねてくるようになった。



「いただきます」

「…いただきます」



向かい合って手を合わせるのも、もはや恒例となりつつあった。

前の席の奴が学食利用者であるために常時不在であることにオレは感謝している。
口に出していうことは、恐らく一生ないだろうが。


先輩は最近じゃ自分の弁当まで持参するようになっていて、
時々目ぼしいおかずを見つけてはオレに「いい?」と訊ねては箸を伸ばすようになっていた。



「今日も美味しそう!」

「食いたいもんあったら、食って良いんで」



突然押しかけておいて「迷惑じゃない?」と言っていたのは確か、初日から3日経った位だったと思う。

しょげて落ち込んだ風に言う先輩に、今更何を?と、思わず目を見開いたのだが、
しかしまあ、オレの弁当は元々結構な量があった重箱入りの弁当だ。

つまるところ、何が言いたいのかと言うと、
不二先輩が少し摘まんだぐらいでは何の問題も発生しなかった。



「ねぇ、これいい?」

「いッスよ」



今日の目当てはどうやら炒り鳥らしく、プラスチック製のシンプルな箸が伸びてきた。

勝手に取って良いッスよ。と、言うのだが、
先輩はこの「いい?」だけは絶対に省略しようとしなかった。



「ありがとう」



不二先輩の味覚が相当に奇天烈なのは有名な話だから、実のところ初日のオレは緊張し通しだった。
自分の家の料理が美味いことは知っていたが、果たしてあの不二先輩の口に合うのか…?

結局、それは取り越し苦労だった。

えげつないものもイケるだけで、普段の食事はそうではないらしい。



「うん。美味しい。すごく」



現に今も、炒り鳥を頬張る先輩はそれはそれは幸せそうに頬を押さえて笑っていた。

途端にギクリ、と胸が騒いだ。

まただ。最近どうもおかしい。
オレはここのところ、奇妙な動悸に悩まされていた。

それがいつ起こるのかというと、なぜだか決まって不二先輩のこの顔を見る時。
昼休みの度に、毎回毎回この動悸に襲われる。

オレは不可解な感覚と晴れない疑問に、いつの間にか箸を止めていた。
それを不思議に思ったのだろう。



「…どうかした?海堂」

「…っ…!」



パタパタと目の前で白い手の平が振れていた。
その向こう側で、心配そうな顔をした不二先輩が首を傾げていて、



「なんかひとりで変な顔してるけど。」

「…平気ッス」

「そう?なら良いんだけど」



オレは危うく取り落しそうになった箸を握り直した。

おかしい。何かがおかしい。
例のギクリ、が更に悪化している。一体これはなんだというのか。



「ねぇ、もう一口いい?」

「どうぞ、」



落ち着け、海道薫。

オレは相変わらずな動悸を誤魔化すように自分にそう言い聞かせて、



「やっぱり美味しい!僕これ、すごく好きだな」



ギクリ、

言い聞かせたところで、奇妙な動悸なんともなりはしないようだった。

そんなオレを余所に、
前の席に座る、2年の教室にはあまりにも場違いな先輩は相変わらず幸せそうな表情でいて。

そこでオレはふと思い出した。
長い間恋愛感情なぞというものとは無縁でいたせいか、すっかり忘れていた。



オレは、おいしそうにご飯を食べる人が―――…



と、ここまで思考して、オレは3口目の炒り鳥を頬張る先輩の姿を堪らず凝視した。
今度こそ本当の意味でギクリ、とした。



END...

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