氷帝×不二
□召しませ、
1ページ/1ページ
「まぁまぁだな。」
僕が作ったハヤシライスを飲む込んだ景ちゃんはそう言った。
突然押しかけてきてどの口が『まあまぁ』だとか失礼な台詞をのたまうか!
仕事で近くまで来たとかなんとか言って、先約なしに侵入してきた俺様な幼馴染にまず溜め息。
挙句の果てに、ソファにどっかり陣取ったかと思うとお腹の虫を鳴らすもんだから、
こうして“僕が僕の為に作った”ハヤシライスを景ちゃんにもお裾分ける羽目になった。
だからほんの少しの意地悪く。
「そう。まぁまぁ、ね。」
「アーン?拗ねてんじゃねぇよ。」
ぷうっと頬を膨らせると、ハヤシライスをパクつく景ちゃんは呆れ顔。
別に景ちゃんが何か食べ物を要求してきたワケじゃないのだけれど。
ただ、顔を真っ赤にして『俺様は断じて腹なんか減ってねぇからな!』とそっぽを向いたから、
僕が『出前でもとろうか?』と提案したのだった。
それがどうして僕のハヤシライスになってしまったか、というと。
「出前?なんでだよ、飯作ってあんだろ?」
キッチンの大鍋を指さす景ちゃん。
どうやら部屋いっぱいに広がるハヤシライスの香りを嗅ぎつけていたらしかった。
いや、でも。それはダメだと思うよ。
景ちゃんの指さす鍋を一瞥して、僕はすぐに景ちゃんに向き直った。
「景ちゃんの口には合わないと思うよ?」
どう考えても“ハヤシライス案”は僕の中でボツだった。
だって、むしろ僕はハヤシライスがもう出来上がっているからこそ出前を取ろうって言ったんだ。
「ていうか絶対合わないよ。」
だって“僕が僕の為に作った”ハヤシライスはルーのやつだから。
景ちゃんに庶民の味は無理、だ。
そもそも“固型ルー”ってものを知っているのだろうか?
きっと。いや、ううん。絶対、確実に知らない。
相手はカレーをスパイスから作ることしか知らないような人間だ。
ターメリックがカレーを黄色くすることを知っていても、固型ルーひとつきりでお湯がカレー味になることを知らない。
けれども景ちゃんはこう言った。
「別にそれで良い。」
それで、僕は渋々ハヤシライスを献上したワケだけど、景ちゃんときたら。
「まぁまぁだな。」
本当はそれでも随分な過大評価だと思った。
“僕が僕の為に作った”固型ルーのハヤシライスが景ちゃんの口に合うはずがない。
それを承知で僕は意地悪く言う。
「そう。まぁまぁ、ね。」
「アーン?拗ねてんじゃねぇよ。」
頬を膨らせる僕に、ハヤシライスをパクつく景ちゃんは呆れ顔で言った。
「美味いぜ?」
「嘘吐け。」
ハヤシライスをスプーンで掬う。
僕にとっては何てことない、庶民然とした普通の味だった。
「俺様が味の善し悪しくらいで文句付ける器の小さい男に見えんのか?」
「…十分見えるけど。」
「…シュウ、お前な。」
僕が素直な見解を示してハヤシライスをモグモグやると、景ちゃんは一瞬不機嫌そうに眉を寄せた。
それからハァッと大きく溜め息を吐いて後ろ髪を掻き乱すと、
「お前の手料理ならなんだって美味いんだよ。」
ガシャン―――ッ
「あ、」
「うわっ、シュウ!お前!!!」
僕のスプーンが落っこちて、ハヤシライスが飛び散った。
しかも、その飛沫が景ちゃんの高そうなワイシャツにまで跳ねている。
「バカ!スプーンぐらいちゃんと持っとけ!!!」
「景ちゃんが突然ヘンなこと言うからだろ!?」
「アーン!?ヘンだと!!?」
それからしばらくテーブルを挟んで言い合いをした。
さっさとワイシャツを拭かなかったことを後悔したのはその後で、
「もう脱ぐしかねぇな。」
「はぁ!?」
「シュウ、お前の服も汚れてんだろ。脱げ。」
「あのねぇ、エプロンっていうのはそういうものなの!!!」
「関係ねぇな」
ニヤリと笑った景ちゃんに、僕はやっとその意味を悟ったのだった。
結局、高価な景ちゃんのワイシャツはベッドサイドで丸まって、染み抜きされずに放置された。
コトを終えたベッドの中で、僕は訊ねる。
「景ちゃんは僕の手料理なら何でもいいの?」
「まぁな。」
「愛のスパイスってやつ?」
「かもな、」
恥ずかしい質問に真顔で頷くものだから、
ちょっと可笑しくなって、じゃあ次は激辛料理でも作ってみようかな。なんて思ってしまった。
景ちゃんならアイスブルーの瞳を潤ませながらも食べきってくれるかも。
でも、ひとつ気になるのは。
今回は“僕が僕の為に作った”ハヤシライスだから、景ちゃんへの愛は込めようがなかったはず。
「ねぇ、自分用だったよ?」
「よそうだけでもシュウがやってくれれば良いんだよ」
「えー」
「それで満足だ。」
珍しく景ちゃんがフッて優しく笑うから、不覚にも胸がキュンと鳴いた。
それで『やっぱり激辛料理はやめておこう』と僕は思い直す。
次はもうちょっと頑張って、“景ちゃんのため”だけに何か御馳走をつくろう。
景ちゃんのお屋敷で出てくるみたいな凄いのは無理だけど、
それに負けない、精一杯僕なりの愛情のスパイスを散りばめ、混ぜ込もう。
「あー…、シュウ」
「なに?」
「次はハヤシライスは止めろ。あれはマズい。」
前言撤回。
やっぱり次に振る舞うのは激辛料理のフルコースに決定だ。
「ねぇ、愛情さえあればなんでもイケるよね?」
「…まさか」
「愛情はたっぷりだから、ね?」
召しませ、愛情フルコース―――…
END...