四天宝寺×不二

□“もしも”のはなし。
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「しーらいしー」

「んー?」



狭いシングルスのベッド。
白石に背を向けて、何をするでもなくぼんやりしていた不二がコロリと寝返りを打って、恋人の名を呼んだ。

はじめの頃はふたりベッドの淵に腰かけただけでもドギマギしていたというのに…
今じゃこうして、身体を寄せ合っているのが当たり前になっている。

胸が高鳴ることさえないけれど、それこそ穏やかな…



「ねぇ。もしも僕が別れようって言ったらどうする?」

「は?」



前言撤回。穏やかでは、ない―――…









「なななななんやて!!?え、わか…わっ…えぇぇえええ!!!!」

「いや、だから僕が君に別れようって言ったらどうする?って。」



キレイな顔した彼の恋人は、いつだって唐突に爆弾を放っぽり投げて寄越す。
しかし、それ自体は 彼とて(嫌でも)もう随分と慣れたものだ。

つまるところ、不二の性質の悪さというのは別にある。
もう付き合いも2年半を過ぎようとしていて、幾多の奇襲攻撃を受けてきているというのに
そのどれもが、本気か冗談か見分けがつかないのだ。未だに。

それほどに、恋人お得意のアルカイック・スマイルの鎧は強固だ。



「ワカレルってどのワカレルなん!?
 なぁ不二クン!どれやろか!?アカン、さっぱりわからへん…」

「僕の知ってる別れるはせいぜい ふたつだけど、多分この場合ひとつしか当てはまらないよね?うん。」

「…っ…」



柔和で強固な守りを破ろうと猛進、してみるも敢え無く撤退。
ガクりと項垂れ、白石は縋るように恋人の肩を揺さぶり問うこととなる。



「別れたいんか?何でや?何があかんかったん?」



と―――。



「もしもの話だってば。もしもの話。」



毎度 内容は違えど そんな白石に、不二が呆れたように苦笑するのも最早恒例行事。
それでもまだ信じられない、と。白石は怪訝そうに眉根を寄せる。



「不二クンの“もしも”はホンマか分からへんのや…
 なんや 不二クンの口から“もしも”っちゅう言葉聞くたんびに寿命が縮んどる気ぃする…」

「そんな軟じゃないクセに。どの口が言ってるんだよ。」

「不二クンに関してはめっさ脆いねん…ガラスのハートやねん…」

「・・・・・。」



情けなく膝を抱え始めた白石を冷たく一瞥した後、不二は言う。



「で、どうする?」

「そんなん決まってるやん!」



喚くように答えた白石に、不二はにっこり笑いかける。
が、しかし 白石が何かを思いついたようにハタと動きを止めた。



「…なぁ。もしもやねんけど、逆に…俺が別れよ言うたら 自分、どないするん?」


「…僕が聞いてるんだけど。」

「わこうとる。」

「逆質?」

「せや。」

「・・・・・。」



黙り込んだ不二をじっと見つめる。



「どないするん?」

「そんなの、わかんない…」



モゴモゴと口ごもる。
わかっていた、強情な恋人がこういうのにノってこないのは。
絶対に答える気はない。だからもう一息。



「あんな、不二クン。
 黙っとったんやけど、実は一昨日バイト先の女の子に告白されてな?」

「・・・・・。」

「その子、めっちゃえぇ子やし、ごっつかわええねん。」

「・・・・・。」

「俺のこと、ホンマに思うてくれとるさかい。実のところ ちょお悩んでんねん」



勿論、言行不一致、二枚舌。嘘八百も良いところだ。
バイト先にかわいい子がいるのは事実であるし、見え見えのアプローチを掛けてくるその子の意図も分かっていたが、一瞬たりとも揺らいだことはない。

頭の中はいつだって不二でいっぱいだった。

それでも白石は芝居を続ける。
良い機会だ。ここで不二の本音を確かめておかなくては また言いくるめられっぱなしだ。



「せやから俺と別れて、言うたら…どないする?」



真っ赤な嘘であるけれど、質問の意図に裏打ちされているだけあって白石は真剣そのもの。
言われた不二も只ならぬ空気に身を硬くする。
ふたりを取り巻く空気たるや、もうとっくに冗談の領域は通り越していた。



「どないする?」

「僕、は…っ…」



小さく掠れる声。

恋人の返答を聞き漏らすまい、と その顔を覗き込む。



「…ちょ、不二クン…?」



飛び込んできた光景に白石は息を飲んだ。
ブルーの硝子玉に、盛り上がるような水の膜が張っていた。



「…ぼっ…く…」

「え…ちょ…冗談やって!」



嗚呼、なんて情けないことだろう。
数秒前の気迫は何処へやら。白石はオロオロと不二の一回り小さい頭を抱き寄せた。

冗談だ、悪かった、としつこい程に何度も何度も繰り返すが、不二の細い肩のラインが不規則に震えるだけで返事はない。

こういう時のベッドほど気まずいものはない。
どうしたものかと悩んだ挙句、不二をベッドに座らせ自分も向かい合って座る。
俯く不二は目を合わせようとしないけれど、正座、で―――…



「不二クン、俺が悪かった。許してくれへん?」

「・・・・・。」

「告白された言うんも嘘や。」

「・・・・・。」

「不二クンの事しか考えてへん。考えられへん。」

「・・・・・。」

「明日は不二クンが好きな激辛ラーメン食べ行こ、な?」

「…食べ物で、釣ろうとするなんて…っ…サイテー」



スンッと鼻を鳴らしながら文句を言って恋人はまた俯いてしまった。
もう白石の方が泣きたくなってきた。



「頼むわ…不二クン…。」



プライドも何もかも捨て去ってシーツに額を付ける。



「ホンマに俺のこと好いてくれてるんか不安になんねん…。
 不二クンの気持ち試そうと思うて…俺サイテーや。言うてええ事と悪い事があるわな…。」



突然視界に映り込んだ薄い色の髪に不二は驚いて顔を上げる。
最も、土下座したままの白石は、自分をきょとんと見つめる視線には気付かない。

白石は続ける。



「好きや…、愛しとる…。不二以外考えられへん…。」
俺を嫌いにならんとって…?もし不二クンが別れよいうても―――…」

「待って!!!」

「不二クン…」



ここで初めて、白石は不二が自分を見ていることに気付く。
ハッと顔だけを上げれば、不安なような、怒っているような、でもやっぱり泣きそうな表情。



「頭、上げなよ…。君のそんな姿みたくない。」

「お、ん…」



あんまりな言いように、白石はおずおずと身を起こす。
時には甘い時間を過ごすベッドで、体育座りの不二と、正座の白石。
なんとも奇妙な空間だ。



「それから、もしもの答え…土下座してる君の口から聞きたくない…」

「は…?」

「だから!情けない格好で言わないで!ちゃんと…ちゃんと…」



捲くし立てるように言っておいて、不二は逃げるようにふいと横を向く。



「許して、くれたん?」

「知らない。」

「…相変わらず意地っ張りサンやなぁ。」

「うるさい!」



やっといつもの調子が出てきた。
ぐいっと少し強引に不二を引き寄せる。これで可笑しな空間からおさらばだ。



「不二クンが、もし…ホンマのホンマに別れたい言うても、離したらへんからな?」

「…うん。」

「不二クンは?」



予想通り口ごもる恋人。
やはり不二の口からその答えは聞けないのか、と 白石は諦めた。
もういっそ、それでも構わない。と。



「僕だって、別れてやらないから…!」



嘆息しかけた白石の胸元に、怒鳴り声が響いた。



「不二、クン…?」

「明日は絶対激辛ラーメンだからね!白石も。」

「げっ…俺アレ食えへんのに…」



とてつもなく 食べたくないと心から思っているのに、苦い顔は作れなかった。



「好き。」

「俺も好きやで。」

「激辛ラーメンが。」

「はぁあ!!?」



悪戯な微笑みを浮かべる恋人。
それでも白石はやっぱり笑っていた。



「ウソ、ダイスキだよ。白石が。」



(なんでそんな事聞こうと思うたん?)

(3日前に、千歳が突然『3日後』っていうから)

(は?)

(僕たちが別れるまでの日数かと…)

(才気煥発のムダづかいや…)

(なにが3日後だったんだろうね?)

(さぁ?)


その日の金曜ロードショーは『となりのトトロ』だったとか―――…



END...

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