四天宝寺×不二

□図書委員の思考
1ページ/1ページ



バーコードリーダーを手にしたまんま固まった。



「アンタ、何やってんスか」

「クスッ…本でも借りようかと思ってね。」



アホちゃうん―――…?

色素の薄い、柔らかそうな髪が 風に揺れていた。



「あー…他校生への貸し出しは禁止っちゅーことになってますわ」

「うん、知ってるよ」

「残念ッスわ。四天宝寺の生徒になってから出直して下さい。」



冷たく言い放しても、目の前の、詰襟の男は楽しげに笑っている。



「ハァ…ホンマ何しに来たんスか…」

「うん、ちょっと偵察にね。」

「そうッスか」

「ついでに野暮用。」



んなワケあるか、ボケ―――…

そう思った。
いくら全国区といえど、こんなに離れた場所までそうそう偵察なんか来れるもんじゃない。

だから野暮用のついでに偵察。コッチが正しい。
正真正銘の野暮用で東京から大阪までひょっこりやってくる奴があってたまるか、と毒づく。

しかも、自分が聞いたのは“なぜ図書館に来たのか”。
この人が 誰に会いに来たのかぐらい 分かりたくなくても分かる。



「…部長は?」

「職員室。」

「さよですか」

「うん」



デート、か。
開け放った窓、学校特有の白いカーテンが揺れる様を眺めた。

“オシャレなカフェ”。
この人と行きたい。きっと どんなにカワイイ女の子と行くより魅力的だろう、と。

なんて、先約がある人に 自分の理想のデートを重ねる自虐行為。



「どこ、行くんスか?」

「さぁ。全部彼に任せっ放しだからね。」



まだ大阪ってよくわからなくて。
言いながら ちっとも困った様子を浮かべないのは 知らない街をあの人と歩くのが楽しくて仕方ないからなのだろう。

あの人の前では そうやって はにかむんだな。

貼り付けた笑みじゃない。
あの人の話を出した途端、すぐコレだ。ヘラッとして、なにもかも手に取るように、見え見えだ。



「好き、なんスね。」

「え?大阪?うん、なかなか気に入ってる。好きだよ。」



違う違う。
アンタが好きなのは 大阪じゃなくて、あの人がいる大阪なんだ。
あの人が案内する大阪なんだ。



「まぁ、なんでもえぇけど…そろそろ閉館の時間ですわ。」



白い文字盤のシンプルな時計。
図書当番、本当はあと10分あったけれど 嘘を吐いた。

このまま部長の目を盗んで連れ出してしまい。
素直に従って 図書館の出口へと向かう背中を引き寄せたい衝動に駆られる。

…やらないけど。



「ちゃんと当番やるんだね。えらいね。」

「はぁ…まぁ座ってるだけッスから」

「それでも、だよ。」



ズルリと差し込もうとした鍵が滑った。
『えらい』ってなんだ。

子供扱いされてる。やっぱりこの人にとって自分はただの後輩だ。
あの人の学校の後輩だ。



「からかわんといて下さい」



ぶっきら棒に言って、今度こそ図書館を施錠する。
きっとあの人が もうすぐこの人を迎えにくる。



「お疲れさま。また来るよ、図書館。」

「いや、別にええですわ。」

「冷たいね。」

「生まれつきですわ。」



鍵をズボンのポケットに押し込む。



「鍵、職員室に返しにいきますけど。アンタは―――…」



言葉は必然的に途切れた。
規則正しく、リズムよく、階段を蹴るゴムの音が近付いて来たから。
放課後の校舎によく響く。



「じゃ、鍵かえしてくるんで。またそのうち。」



音が段々近付いてくる。
階段を上るのだって、あの人には無駄がないし、それでいて無駄にキマっているのだろう。

勝ち目なんてない。ムカツク。



「センパイ。」

「なに?」



ムカツク。
だから小首を傾げた無防備なその人の 唇を奪ってやった。



「ほなまた。」



校舎の端と端。
ふたつある階段のうち、ひとつ通り過ぎて 並んだ教室の前を歩く。



『不二クン、待たせてもうたな!ごめんな。ほな行こか?』



背中でそんな声を聞きながら、遠回りする。
今日はひとりでカフェに行って、そこでブログを書こう。

きっとあの人は、もう図書館に来ない。



END...

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ