立海×不二

□死に急げ、死に遅れの夏の虫。
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秋めいてきた。
まだまだ暑いけど、やっと秋めいてきた。

ガラス戸を開け放して、網戸に。
そろそろクーラーはつけなくても我慢できるようになってきた。

庭ではコオロギが鳴いている。多分、コオロギ。
わずかながらに、秋めいてきた。

そう思っていた矢先、だった。



「あ、」



黄昏時、薄紫と橙をかき混ぜたような空を背景色に並んだ小さな鉢植え。
幸村が日中窓辺に出したままの花を眺めていた不二は、それを体育座りで眺めていた。

そんな折、不意に、あることに気が付いて声を上げた。



「どうかした?不二。」



退屈そうに、けれど、どこか優雅にベッドに寝そべっていた幸村が問う。
けれど、不二は眉をひそめて なにもない空間を悔しげに見つめて返事をしなかった。

未返答が耐えられなかったらしい幸村は、
身体を起こして、窓辺に歩み寄ると じっとその顔を覗き込む。

覗き込まれた不二の方は
口をへの字に結んで、幸村の方を見ずに、今度は自分の爪先の方に目線を当てた。
そこでようやく、ぴったり合わせ閉じた、桜色の唇を緩めた。



「やられた。蚊に献血したみたい。」



どうやら何もないように見えた遠方を睨み付けていたのは、
蚊が飛び去った方向であったらしい。



「クスリ、塗ってあげる」



幸村が膝を抱えていた腕を引き上げて立たせると
不二も大人しく着いてきて、先刻 幸村が僅かに乱したベッドシーツの上に腰を下ろした。



「どこ?」

「小指、足の先ってパッとしない痒さでイヤになる」



フローリングに傅く幸村に向かって、すっと片足を上げた不二は
本当に嫌そうに顔をしかめて言った。

示された爪先に視点を移せば、成る程、白い肌にしっかり痕がついている。
赤く色付き、ぷっくりとふくれた部分を確認するなり、幸村はにっこりと笑みを深くした。



「ふーん、ちょこざいな」



突如、底なしにブラックな発言をした幸村に、不二は 何が、と口を開きかけた。
けれど、結局その唇からは 本人もまったく思いもよらない声が。



「んっ…!」



曖昧に明瞭で、強烈で微弱な皮膚の違和感を、生暖かい何かが包み込んだのだ。

不二は びくりと、反射的に足を退こうしたけれど、足首に加わる力がそれを阻止する。
じわりと肌から浸透してくる生温い温度に身震いする。
再三漏れそうになる望まない声を、必死に噛み殺すしか術はない。



「幸村、やめっ…」



もう一度、抵抗の意を足に表すけれど、足首の締め付けが一層強くなって失敗に終わる。

綺麗な顔をしているクセに、ド天然で突拍子もないことをする恋人であったけれど、
元々自分も同じような性質であったことと、
一緒に過ごした時間の甲斐あって、滅多なことでは驚かなくなっていたというのに。

これには久方ぶりに、思考が追い付いて行かないかない。



「ちょっと、そろそろ、止めて…っ」



ぬらりと絡み付く感触に加えて、時折歯が立てられる。
甘噛みのような緩慢な刺激に、痒いのか痛いのか擽ったいのか。

触覚が狂ってしまいそうなもどかしさを覚えた不二は、ベッドに着いていた腕を片方だけ上げて、
幸村のこめかみに指を差し込む。

かき乱された足の触覚と背反して、指先をサラサラと心地よい感触が流れていく。

そのまま頬まで手の平を滑らせてクイと上を向かせてみても
幸村は不二の小指に噛み付いたままそれに従うだけで離す気配は皆無。



「ねぇっ…幸村…」


長い睫毛に縁どられた双眼に狂気の光が宿る。
幸村がそれを騙し隠すように、瞼をゆっくりと落とした瞬間。



ガリッ―――…



「…っう…」



不二が苦痛に呻くと、やっと満足したのか薄い唇が弧を描いて離れていく。

解放された部分が外気に晒され、ほっと息を吐いたのも束の間。
パタパタと鮮血がフローリングに零れ落ちた。



「何、するのさ…」



不二はぽつりと零す。
それを聞いた幸村は、さも楽しげに片足首を拘束したまま言ってのけた。


「だってムカつくじゃないか」

「意味わかんない」

「虫ケラ如きが不二の血を糧にするなんざ厚かましいにも程があるね」

「なにそれ」



この負けず嫌いが。

足首の温度と圧迫に、若干の危機感を感じながら不二は内心でぼやく。
彼なら怒りに任せて、へし折りかねない。



「不二は俺のモノだからね。」



滴り落ちる血を舐めとる幸村は、いつになくご満悦である。

彼の独占欲が他に比べて強いのは理解していたつもりだったが、ここまでとは。
先日蚊に食われた首筋を隠すように、不二はサッとシャツの襟を直して、とりあえずの弁明を試みる。
本当、大動脈まで噛み切られるなんて願い下げだ。



「まぁ、彼らだって僕の血だから飲みたかったワケじゃないしさ」

「でも俺は吸われてない。」

「第一生命を維持するためなんだから。ある程度は大目に見ようよ。」

「そんなだから餌食になるんだ。」



んな大袈裟な。
駄々っ子にしては質の悪すぎる幸村に、不二もいよいよ眉根を寄せた。



「不二は隙がありすぎる。油断しすぎじゃない?」

「相手は蚊だよ?」

「蚊なんかに血採られないでよ」



これは何を言っても無駄だ。
やれやれ、と頭を抱えかけた不二に幸村が追い打ちをかける。



「大体もう9月なのに、死に遅れはみっともないよね」

「仕方ないじゃない」

「大体、蚊の弁護なんかするところからして気に入らない」



一層冷ややかな言葉に、不二もいい加減キレかかったその刹那。



「っい―――…」



バチンっと大きな音を立てて、不二の頬を容赦のない平手が打ったのだ。
不二は強制的に絶句させられて目を剥いた。



「なにすっ」

「ふふっ、捕まえた。」



噛み付くように叫び声を上げた不二なんかは全く無視して、幸村はその平手を不二の目の前に翳す。
赤黒い液体と共にぺったんこになったソレ。
心底嬉しそうに笑う彼の手の平で、この一件の真犯人が惨めな姿を晒していた。



「不二は俺が守るよ。」

「…期待してる」



生理的にボロボロと涙を流しながら、不二は諦めたようにそう返事をした。



(一生蚊帳の中で過ごそうかな…)

(飛んで火に入る夏の虫、ってね。)



END...

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