氷帝×不二

□夕星の歌
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知っていた。

彼には、当然、いつか“そういう話”があるものなんだと、知っていた―――…。





「景ちゃん」

「アーン?」




真っ白いシーツに包まった僕。
至近距離の泣きぼくろを見つめて口を開くけれど、先は続きそうになかった。




「なんでもない」

「なんでもなくねぇだろーが」




嗚呼、どうして。
たった今 額を寄せた顔はこんなにも整っているのにそんなにも乱暴な言葉ばかりつかうのだろう。
黙っていたらとっても綺麗な人なのに。




「ねぇ、奥さんにまでそんな言葉づかいじゃ嫌われるからね?」

「…うるせぇよ」

「でもダメだからね。」




反抗的な景ちゃんに念を押したら、キレイに整った眉の間に皺が寄った。
この話を出したら恐らく、違う。確実に彼の機嫌が悪くなるのは解っていた。




もうすぐ、景ちゃんは結婚する。




そして、そんな彼と裸のまま
シーツの中で身を寄せ合っている僕はと言えば“そういった方面”において、彼の“何でも”なかった。

ただ、幼馴染面して会う度に、どちらともなく こうして身体を重ねていた。
要は、そういう約束を交わしたことはなかったけれど、彼と僕の関係は きっと“セフレ”というやつなんだと思う。
しかも、身体を求めているハズだというのに男同士の“セフレ”。

もう数えるのも忘れてしまうほどに 僕らは求め合ったけど、お互いに“愛の言葉”だけは決して言わなかった。



それほど、僕らの関係は脆かった。



どこかのある日、求めることを止めてしまえばそれで終わる関係。
海辺の彼も同等の、ただの幼馴染に戻れば良いだけだ。




「おい、シュウ」

「なに?」

「…やっぱ、なんでもねぇ。」

「なんでもないことないくせに」




きっと景ちゃんも同じことを言おうとしてるんだ。


『もう終わりにしよう。』


君と僕はもともとただの幼馴染なんだし、これからだってただの幼馴染。
わざわざ口に出さなくたって ちゃんと戻ることはできるけど、きっと彼も僕も “区切り”を欲しがっている。
政略結婚だってなんだって、彼はこれから“清き契り”を結ぶ人。
だから この辺りで明確な線をひとつ、この惰性の関係に終わりを印しておく必要がある。


結局、減らず口を叩いた僕のおでこを小突いて、景ちゃんは何も言うことなくベッドを抜け出した。
枕になっていた腕がスルリと抜けて、僕は羽毛の枕に沈んでいく。

昨夜床に投げ捨てたバスローブを無造作に羽織っただけなのに、圭ちゃんはバカみたいに様になる。
きっと、一緒になるヒトも情事の後に色っぽい彼の姿をみて同じことを思うんだ。

そんなことを思いながら、随分と高そうなコンポに向かう背中に声を掛けた。




「何かけるの?ワーグナー?」

「ヴァーグナー」

「はいはい、ワーグナー」




ほんとに厭味ったらしい切り返しだ。
別に僕たち日本人なんだからドイツ式の発音じゃなくても良いじゃない。

でも向こうも同じように思ってたみたいだ。




「かわいくねぇヤツ」




弦楽器の音色に呑み込まれていったけど、景ちゃんは確かにそう言った。


夕星の歌。
穏やかで物寂しいメロディーを聴きながら、僕は未だにシーツに包まって、枕に埋まったまんま。

景ちゃんに付き合って この曲のあらすじはなんとなく覚えていた。
純愛と快楽の狭間に揺れる、中世の騎士のおはなし。





「ねぇ、僕はヴェーヌスベルクだね。」




個人の家だなんて信じられない程高く遠い天井を見つめてぽつり。
タンホイザーを異界へと誘う快楽の女神の名前を呟いた。




「そうかもな」

「景ちゃんは、タンホイザー」




僕は小さく笑ってみせたけど、景ちゃんの目は寂しそうだ。
振り返って僕を見ているはずなのに、僕のずっと後ろを見ているような感じがする。




「ねぇ、景ちゃん。
 僕はヴェーヌスだけど、引き留めてたぶらかしたりなんて、しないから。」

「………」

「景ちゃんには純愛に生きて欲しいの。」




僕よりちゃんとおはなしを知っている景ちゃんなら、僕の言いたいことはわかってるはず。
ねぇ、そんなに悲しそうな表情しないでよ。
君にはちゃんと、行くべきところがあるんだから。




「シュウ、お前…」

「エリーザベトと、幸せになって欲しいの。」

「あれはハッピーエンドじゃねぇだろ…」

「うん、知ってる。
 だけどヴェーヌスは君を誘惑したりなんかしないから。だから物語りなんてそもそも生まれないんだよ。」




自分でもちょっとズレたこと言ってるのは気付いてる。
でも そうでもしないと景ちゃんにお別れを言えそうになかったんだ。
許してね、景ちゃん。




「ねぇ景ちゃん。絶対幸せになってよね。」


「シュウ…っ…」




夕星の歌を聴きながら、僕の頭はもっともっと羽毛に沈む。

こっちに来ちゃ、




「ダメなの、に―――…」




「お前が好きだ、周…」

「やだ、言わないで…っ」

「周っ…愛してる…周……周っ…」

「景、ちゃ…」




何を今更!
そう叫んで、整った顔の横っ面を思いっきり引っ叩いてやりたかったけど、できなかった。



僕はやっぱり、質の悪いヴェーヌスベルクだ。



もしかしたら、僕たちの歌劇は何もかも間違いだらけだったのかも。
タンホイザーがエリーザベトより先に、ヴェーヌスベルクに出会ってしまった時点で既におかしかった。

シーツをあっという間に剥ぎ取られて、僕たちは ふたりして快楽の世界へ転落していく。





夕星の歌を聴きながら―――…




彼のために命を懸ける許嫁。
死期の迫った彼女のため、彼の親友が夕星に祈った曲。



もし、背徳まみれの中に 純愛を見つけてしまったとしたら―――…?





END...

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