−1年生編−
□第19話〈パシフィストは泣きながら嘯く〉
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ミスターは嘘がお上手ね
今の私じゃ、貴方の傷には届けないわ
第19話
〈パシフィストは泣きながら嘯く〉
「ところでリーマス、どうして私が外にいるって気づいたの?」
小さな黒猫を引き連れて、ブカブカのコートに腕を通しながらマリは尋ねた。
いくら春先と言っても夜はまだまだ冷える。薄着で飛び出したマリの体は、すでにカタカタと震え始めていた。
リーマスは隣を歩くマリの疑問に、うーん、と分かりやすく天を仰いだ。その様子を見守っていたマリは、リーマスがこっそりと古びた羊皮紙を彼のコートのポケットに押し込んだことに気がつかなかった。
「…窓から見えたんだよ、競技場へ走っていく君の姿が」
「窓って…リーマスの寝室の?」
いや、とリーマスは首を振る。
そして手に持ったバスケットをマリに掲げた。
「僕が競技場に向かう途中の廊下で。僕も彼らの応援に行くつもりだったんだ」
偶然見つけた君があまりにも寒そうだったから、引き返してコートを取りにいったんだけど、とリーマスは笑った。
なるほど、とマリは頷く。それと同時に、後先考えないで飛び出した自分を目撃され、若干頬が熱くなるのを感じた。
「君のお兄さん、ずいぶんショックだったみたいだね」
リーマスの言葉に、マリは再び彼を見た。
リーマスは、遥か前方の闇夜を飛び回る紅い彼らをじっと見つめている。
「ロジエールのこと、ね」
「そう。多分シリウス自身は気がついてないんだろうけど」
やれやれ、といった様子で肩を竦めるリーマスの髪を、夜風が柔らかく撫でた。頬にある引っ掻いたような傷痕が、マリの両目に映った。
「リーマス、その傷はどうしたの?」
「え?」
一瞬きょとんとしたリーマスは、すぐに頬の赤く痛々しい傷のことだと気がついた。
「あぁ、部屋でジェームズがスニッチと戯れてさ。その巻き添えさ」
さりげなくコートの襟を直して頬の傷を隠そうとする。
マリは眉をひそめ、疑惑の色を隠さずに彼に向けた。
しかしその瞳には心配の色も見受けられる。
マリはそっと手を伸ばしてリーマスの頬に触れようとした。
「ねぇ、ちゃんと医務室には行ったの?もしまだなら、私が――…」
「!!」
バシッ!
頬に触れられた手を、リーマスは思い切り振り払った。
マリの手が伸びていたことに気づいていなかった彼はは、突然感じた冷たい手の温度にひどく動揺したらしい。
「「ごめん…っ!」」
驚き慌てたようなテノールと、困惑し不安そうなソプラノがきれいに重なった。
「その、びっくりしちゃって。ごめん、ごめんね?」
あわただしく謝罪するリーマス。
まるで今にもマリが泣き出すのではないか―――当の彼女は、手を振り払われたことと声が無駄なくハモったことに驚いたまま、口を開きっぱなしで呆けていただけなのだが―――と思われるくらいの慌てっぷりだ。
「あまり女の子に触れられたこととか、なくて。本当にごめん、痛かった?」
もはや、リーマスの方が泣き出してしまいそうだ。
マリは、普段の落ち着いた彼とのあまりのギャップに、とうとう我慢ができなくなった。
「…ふふっ…あはははっ!」