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□多分僕は明日の世界を愛せない
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初めて違和感に気がついたのは、彼女と仲良くなってから、ほんの1週間かそこら経った頃だった。
はじめは黒い霧のように僕の心を霞め、それはすぐに消えていった。
その違和は、彼女が、僕以外の男に笑顔を振り撒く度に、話しかける度に、少しずつ大きく、強く、見てみぬふりが出来ないほどに存在を主張していった。
――確かに、僕の中で。
“親友の妹”
そんな肩書きはすぐに気にならなくなった。
だって彼女は、血は同じでも兄弟とは全くの別人だ。
僕の親友兼相棒でもあるシリウスにも、スリザリンに所属する物静かなレギュラスにも、彼女が――マリが持つ魅力には、絶対に敵わない。
――もっと話したい、笑顔が見たい。
(そんなんじゃ、足らないよ)
――触れたい、抱きしめたい、唇を重ねたい。
(違う。そんな可愛い欲求じゃ、僕の心は満たされない)
――じゃあ、どうしたい?
その違和は、もう既に違和と呼ぶには明瞭過ぎていた。
そう、その殺人的な、甚大でどうしようもないほど狂気じみた“独占欲”を埋めるためには。
「――ねぇ、マリ」
「あら、おはようジェームズ。どうしたの?顔色が――…」
「―――今夜さ、」
その瞳に僕以外が映らないように、その心を僕以外が満たさないように、君の1番から100番までが、僕で埋め尽くされるように。
「今夜さ、ちょっと僕についてきてくれないかい?」
彼女のYesを聞いたとたんに、僕の中で、何かが壊れる音がした。
ありがとう、マリ。
君は優しい子だね。
その優しさも笑顔も顔も声も髪も瞳も何もかも――…、僕が、僕が、僕が僕が、目一杯隙間がないように、愛、愛してあげる。
鍵を掛けることを、決して忘れないようにして。
〈多分僕は明日の世界を愛せない〉
「ブラック、貴方少し眠った方がいいわ」
「…うるせえな。関係ねぇだろ…」
明らかに憔悴しきったシリウスに、エバンズがそう言った。
マリが、“僕以外の”人間の前から姿を消して、1週間が過ぎようとしていた。
教師陣や監督生を中心に日夜捜索しているようだけど、彼女の消息は未だに掴めないらしい。
ほんとさ、笑っちゃうよね。
ちょっと厳重な保護魔法使ったくらいで、皆しててんやわんや。
まぁ、僕にしたらその方がいいんだけどさ。
もちろん、マリのルームメートやシリウス、レギュラスなんかも寝る間も惜しんで城内を駆けずり回ってる。
そのせいでシリウスは、その灰色の目の下に隈まで作っていた。
その疲れきった顔、やっぱり少しだけマリに似てるなぁ。
まぁ、僕のマリの方がよほど可愛いけど。
「…あいつ、本当に無事なのかよ…ちゃんと、食ってんのかよ…」
そう呟いて頭を抱えるシリウスの肩に、僕はポン、と手を置いた。
「君が彼女を信じないでどうするんだい、シリウス。マリは強い子だよ、きっと無事でいるはずさ」
全く、こんなに臭い演技を僕がするとは思わなかった。
笑いが込み上げてくるのを必死で噛み殺しながら、僕は以前と変わらないシリウスの親友を演じてみせた。
「ジェームズ…そう、だよな」
馬鹿だな、シリウス。
本当、単純で僕を疑うってこと知らないよね。
シリウスって、賢いくせに人の感情とか心情とか、そういうことに疎いんだ。
それに僕のことを、誰より何より信用している。
だから、シリウスは問題ないんだ。
あるとすれば――…
「…ジェームズ、昨日はずいぶん夜中に帰ってきたみたいだね」
ほうら、向かいに座るリーマスのさりげない詮索が始まった。
微笑みは絶やさないくせに、その瞳は僕の変化を何一つ見落とさないように鋭く光っていた。
「起きてたんだね、リーマス。昨日はちょっと…悪戯グッズの改良に勤しんでいたからね」
「マリがいなくなったって言うのに?」
リーマスは微笑を絶やさず、視線を僕から少しも外さないまま、紅茶の入ったカップを口に運んだ。
リーマスはおそらく、今ホグワーツでマリの行方を探している人間の中で一番、彼女の居場所に近づいている。
つまり、僕のことを疑っているんだ。
僕が、マリを、どこかへやったんじゃないかって。
――うん、非常に厄介だよ。
「そう、だね。僕だって、今すべきことはそんなんじゃないって、分かってるんだ。分かってるんだよ――…。
だけど、何かに熱中していないと、マリのこと考えちゃってさ…」
リーマスが何かを言おうとして口を開いたが、僕はそれよりも早く言葉を続けた。
「――それにさ、今作ってるグッズ、マリが好きな花火の奴なんだ。
マリが帰ってきたら、パワーアップしたそいつを、見せてやろうと思って、さ」
僕は照れたように、それでいて寂しそうに視線を下げて、頬を掻いた。
シリウスは僕をじっと見つめ、エバンズは「ポッター…」と少しだけ涙混じりな声で呟いた。
もちろん僕が夜中に帰ってきたのは、悪戯グッズを作っていたからではない。
完璧な演技。
つくづく僕は、友情に厚い男だと思われたと思うよ。
「ふぅん…」
リーマスは、さっきまでの嫌な目は止めたけど、それでもまだ腑に落ちないような口振りでそう漏らした。
厄介な奴。
余計な手出しをするな、僕とマリの中を掻き乱すな。
僕はそう喚きたいのをぐっと堪えて、まともなジェームズ・ポッターを演じ続けた。
それにしても、どうしてリーマスは僕のことを怪しいと思ってるんだろう?
少しだけ考えると、すぐに思い当たる節が浮かび上がった。
1ヶ月くらい前、僕のマリが廊下のど真ん中で双子の片割れ、レギュラスに抱きついていたんだ。
その時に遠慮なく出てきた盛大な舌打ちを、丁度隣にいたリーマスに聞かれたんだ。
はぁ、とバレないようにため息をつき、1ヶ月前の不注意な自分を後悔した。
だけどまぁ、それも今となっては仕方がない。
この疲れを、今夜も可愛い可愛いマリに癒してもらおう。