−2年生編−
□第1話〈太陽と月の温度差〉
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永遠に続く一瞬の思い出
重い鎖が亡骸を埋めた
第1話
〈太陽と月の温度差〉
「聞いてるの?二人とも」
ブラック邸の夏のある朝、マリ・ブラックは目の前の少年二人を冷たく見据えた。
今この豪邸にいるのは、彼ら三人を除けば汗水流して働いているしもべ妖精だけだ。
ソファに腰かけ、ゆったりと日刊予言者新聞のクィディッチの面を見ているレギュラス・ブラックは自身の片割れの様子など気にしてはいない。
一方その兄、シリウス・ブラックの方は髪をかきむしったり、視線を泳がせたりとなかなか忙しなく、少し焦っているようだ。
それもそのはず、自分の妹にこれほど冷たく睨まれる経験など、今までほとんどしてこなかったのだから。
「私、今すっごく真面目な話をしてるのよ――…レギュラス、新聞置いてよ」
「僕には関係ありませんから」
マリは深々とため息をついた。
――この一大事に…!
「ま、まぁ落ち着けマリ。過去のことはもう忘れようぜ、なんなら俺が――…」
「シリウス、私は昨日からずっとずっと、この時を待っていたのよ」
マリはおもむろに何かを取り出した。
それを見た瞬間、シリウスはやはり…と項垂れ、逆にレギュラスは呆れた顔でマリを見た。
「それが証拠ですか?」
「えぇそうよ。そして、もう一度だけ聞くわよ――…」
マリは決して爽やかとは言えない笑顔で、不穏なオーラを放ちながらゆっくりと問いかけた。
「私が昨日から楽しみにしていたショートケーキ、食べたのは一体誰かしら?」
マリは、ドンッとテーブルにショートケーキが入っていたのであろうカップを置いた。
「……レギュラ「何僕に押し付けようとしてるんですか、貴方でしょう」
シリウスの言葉に被せるようにしてレギュラスはつらつらと告げた。
マリはキッとシリウスを睨んだ。
「貴方が食べたの?シリウス」
「いや違う、断じて違う。大体お前、俺が甘いもん嫌いなの知ってんだろ」
「……そうね。シリウスがわざわざ甘いもの食べるなんて…ない…かしら」
シリウスの弁解に納得しかけた時だった。
「………クリーチャー」
ぽつりと、レギュラスは新聞から目を話さないまま呟いた。長い睫毛が影を落とすその顔を、マリは凝視した。
「クリーチャー?クリーチャーが食べたって言うの?」
「……はぁ、違いますよ」
レギュラスは気だるげに立ち上がり、両開きの扉を押し開けた。
すると扉の向こうには、両手で顔を覆った(指の間からばっちり大きな目は見えているが)クリーチャーが立っていた。
「…げ」
「あら、クリーチャー!どうかしたの?」
先ほどの冷たい表情とは打って変わり、マリは笑顔でクリーチャーに駆け寄った。
「…被害者の供述」
レギュラスがまたぽつりと言うと、クリーチャーはしゃがれ声で話し始めた。
「クリーチャーめは、シリウス様の御名誉のために、このお話をマリお嬢様にはしないと、決めておりました!」
“シリウス様の御名誉”の所だけゆっくりはっきりと強調すると、クリーチャーはバッとマリを見上げた。
「ですが、マリお嬢様…!お嬢様がクリーチャーのお話をお聞きになりたいと仰ってくだされば、クリーチャーは何べんでも、何べんでも!お話します!!」
シリウスは「本当お前クリーチャーだよな…」と何やらゴニョゴニョ言いながら諦めたようにソファにどっかり座った。
マリは膝をついて、クリーチャーに視線を合わせた。
「いいわ。話して?クリーチャー」
「はい!それでは喜んで!」
クリーチャーはさも嬉しそうに返事をし、姿勢を正した。そしてゆっくりと事の経緯を語り出した。
「クリーチャーめは、昨日の夜食器を洗わなければなりませんでした。その為には、キッチンへと行かなければなりませんでした。
そして最初に、コップを洗いました。始めレギュラス坊っちゃま、次にマリお嬢様、最後にシリウス様の順番です!コップの後は、サラダの取り皿です!今度はマリお嬢様、次にレギュラス坊っちゃま、最後はやっぱりシリウス様!そして次にフォーク…」
「クリーチャー、そこはかいつまんでくれて結構よ?」
「つか、最後はやっぱりってどういう意味だよ。法則性が読めねーよ」
クリーチャーは了解致しました、と頷くと、再び語り出した。
「クリーチャーが、最後にデザートの皿を洗っていた時のことです…!来ました、シリウス様が来ました!お風呂上がりでした!」
「人を脅威のモンスターみたいに言うな」
「…クリーチャーからしたらあながち間違いじゃない」
「あ?」
シリウスがレギュラスを睨む前に、クリーチャーは話を続けた。耳を折り曲げて目を覆い、ちょこんと膝をつく。
「シリウス様は冷蔵庫からバタービールを取り出しました。クリーチャーは、シリウス様とお話をしたくない。だから、一人言を言いました!そうしたら、シリウス様はバタービールの次にマリお嬢様のショートケーキを取り出し…」
ベチッ
クリーチャーは両手で自分の額を叩いた。どうやらこのタイミングでショートケーキを投げつけられたらしい。
マリはゆっくりとシリウスを振り返った。
顔にべったりと笑顔の仮面を張り付けて。