□君の瞳のフィルター
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…なぁ、「俺らしい」って何?
オマエのその澄んだ瞳に、俺はどんな風に映ってる…?
《君の瞳のフィルター》
「お帰りなさい、黒崎くん!怪我はない?」
「おう。まったく、よくもまぁ毎晩飽きずに出るもんだぜ。」
織姫の部屋に置いてあった自分の身体に戻り、一護は大きく伸びをしながらそうぼやいた。
高3、冬。
受験生にとって勝負の時。
しかし例え受験生であろうとも死神代行から解放されることのない一護は、受験勉強と死神業を両立させる毎日を送っていた。
勿論、それは一護自身が望んだ力であり、文句を言うつもりはない。
それでも「辛くない」と言えばそれは嘘になるし、他の生徒に置いていかれるのでは…との焦りだって時には感じる。
それでも、一護が今の生活を続けられる理由。
「黒崎くん、コーヒー淹れたよ!一服したら、もう少し頑張ろうよ!」
…そう言って笑顔と共にマグカップを差し出す織姫に、一護もまた穏やかな笑みを返した。
高3になってクラスは別れたものの、一護の隣に織姫がいるのは既に自然な光景になっていた。
現に今も、二人で図書館や織姫の部屋で連日の様に勉強している。
一護の事情を誰よりよく解っており、死神業と受験勉強双方のフォローを上手くこなす織姫。
傷を負えば治癒してくれるし、遅れがちな勉強だって教えてくれる。
…けれど一護が本当に望んでいるのはそんなことではなく、「二人で過ごす心地よい時間」そのもので。
高1の頃から、身の回りで起こり続けた非常識な出来事。
その渦中で共に笑い、泣き、傷つき…時に命を懸けて、確かに築いてきた絆。
それがいつの頃からか「仲間」という名前から、少しずつ形を変え始めて。
告白こそしていないものの、今はお互いがお互いにとって特別な存在であることを、一護自身も自負していた。
「…好きだな、こういう時間。」
コーヒーに口を付けながら一護が思わずそう溢せば、織姫は一瞬目を見開き。
「…うん…私も…好き…。」
そう言って頬を染めながらふわりと嬉しそうに笑ってみせた。
二人の間に流れる、くすぐったい様な、けれど柔らかくて温かい空気。
「…さて、あとひと頑張りすっか!」
誰かを特別に想い、また想われる幸せ。
一護は織姫とこんな感情を共有できることに思わず笑みを溢しながらも、照れ臭さからそれを誤魔化すかの様に問題集を開いたのだった。
…数日後。
一護は一人で進路指導室へと出向き、志望校の過去問題集をパラパラと捲っていた。
そこへ。
「…そう言えば織姫、また呼び出されたの?」
ガラッと扉が開くと同時に聞こえる、どやどやと人が入ってくる音。
本棚越しにいる一護の存在には気付かない女生徒達。
一護はその声が織姫やたつき達だと気付きながらも、何となく声をかけ損ねた。
「…う、うん。」
「で、また告られたんだ。」
「えっと…。」
見知った声で紡がれるその会話の内容に目を見開き、いけないとは思いながらも一護は思わず気配を消し耳をそばだてる。
「織姫、最近よく呼び出されてるよね。」
「まぁ卒業も近いし、皆玉砕覚悟でアタックしてきてるんでしょ。」
たつきや鈴達の言葉に、困った様に笑い返す織姫の声。
織姫が以前からモテることなど、一護も承知している。
だが最近になって実際に織姫に告白する男が現れ始め、正直一護としては面白くない状況だった。
「でも…みんな勇気あるよね、黒崎くんがいるのにさ。」
そのみちるの台詞に、どくりと跳ねる一護の心臓。
「…確かにね。織姫は一護のだって承知で告白してくるんだから、ある意味勇者だわ。」
そう茶化す様に言うたつきに、内心頷く一護。
…しかし。
「やだ、たつきちゃん。私と黒崎くんは何でもないよ…。」
直後に発せられた織姫の台詞に、一護は頭をガツンと殴られた様な衝撃を受けた。
…今、なんて…?
「え?!織姫、黒崎くんと付き合ってるんじゃないの?!」
一護の思いを代弁するかのようなみちるの言葉に、織姫は戸惑いながら答える。
「付き合ってなんてないよ…。」
「だって、しょっちゅう一緒にいるじゃん!」
「あれは…たまたまだよ。」
…たまたま…?
「それに、毎日一緒に勉強してるんでしょ?」
「それは…黒崎くんにとって都合がいいだけだから…。」
…都合がいいだけ…?
織姫の口から飛び出す心外とも言える言葉が、次々と一護に突き刺さる。
「でもさ、織姫…。」
「…く、黒崎くんはね!」
鈴の追及を断ち切る様に、織姫は努めて明るく、しかし大きな声を上げた。
「黒崎くんはね…誰にでも優しいの!誰かが困ってたら進んで手を差し出すし、1人でも多くの人を助けたいっていつも思ってて!黒崎くんは…そう、みんなのヒーローなんだよ!」
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