□おやすみなさい、あしたはおはよう
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「じゃあ、またな!」
「元気でね!」
「キャンパスライフ、謳歌しようぜ〜!」

星空の下、もう3月末なのに今夜はやけに冷えていて、交わされる挨拶の数だけ見える沢山の白い息。

いつものメンバーで楽しんだカラオケもお開き。
みんな、それぞれの家へと帰って行く。

「…織姫、アンタは?」

皆の背中を見送る私に、隣に立つたつきちゃんが尋ねる。

トクリ…と鳴る私の心臓。

「えっと…。」
「心配すんな、ちゃんと俺が送ってくから。」

言葉に詰まる私の代わりに、黒崎くんがそう言って私の手を取った。

温かくて大きな手。

また一つ、トクリと音が鳴る。

「そ。じゃあ一護、ヨロシクね。織姫、またね!」
「う、うん。たつきちゃんも気をつけて帰ってね!」

…何だか変な感じ。

「…じゃあ、俺達も行こうぜ、井上。」
「…は、はははいっ!」

思わずぴょこんっと跳ねる私の身体。
黒崎くんはそんな私の手をキュッと握って歩き出した。
私も慌てて足を出して…そしてちらりと後ろを振り返る。

私に背を向けて、鈴ちゃんやみちるちゃんのところに走っていくたつきちゃんの後ろ姿が小さくなっていく。
私の胸にちくり、ちょっとだけ罪悪感。

大好きなたつきちゃんにも言えない秘密、隠し事。

だって、私は今から確かに黒崎くんに「送ってもらう」けど…。

本当は、それだけじゃ、ない。








《おやすみなさい、あしたはおはよう》











私の部屋。
黒崎くんが、荷物の入ったカバンを隅に置く。

「い…意外と荷物少ないんだね。」
「…そっか?男なんてこんなモンだぜ。」

黒崎くんは、「家族には『今日はカラオケの後、そのまま友達の家に泊まる』って言ってあるから」って教えてくれた。

本日二度目、何となくの罪悪感。
黒崎くんに、嘘をつかせてしまったことへの。

「え、えっと…何にもない部屋ですが、ごゆるりと寛いでくださいませ!」

その後の私は、必死でいつも通りの会話をしようとして、でも何だか上手くいかなくて。
黒崎くんも、いつも以上に口数が少ない気がして。

落ち着かない気持ちをもて余した反動みたいに、身体だけがキビキビと動く。

だから、シャワーも着替も歯磨きも、お互いにあっという間に済んでしまって、もう他にすることがなくなってしまった。

仕方なく、黒崎くんと向かい合わせにちょこんと座る。

手持ちぶさたで、視線のやり場もなくて。
Tシャツの裾をひたすら弄る自分の両手を見つめる。
頭の隅でせっかくなら可愛いパジャマとか用意すれば良かったな…なんて、今更ちらりと考えたりした。

「…井上。」
「は、ははいっ?!」

黒崎くんに名前を呼ばれて、それだけで身体がぴょこんと跳ねる。

そんな私に黒崎くんが「ぷっ」て小さく吹き出して。
その後すぐ、真面目な…だけど優しい表情になった。

「…怖いか?」

その一言に、私は慌ててぷるぷると首を振る。
違うよ、この感情は絶対に「こわい」って名前じゃないよって、伝えたくて。

「…そっか。」

そう短く呟いた黒崎くんの腕が、私を抱き締めた。
途端にきゅうっ…ってなる、私の心臓。
身体中が熱い。

黒崎くんに抱き締められるといつも熱くなるけれど、今日はいつもよりずっと、ずっと熱い。
高い熱を出したときみたいに。何だか頭がぼおっとする感じ。

「じゃあ…いいか?」

そして、黒崎くんが耳元で囁いたその言葉に。
熱に浮かされた頭のまま、私は小さく頷いた。







黒崎くんと一緒に毎日頑張った、受験勉強。
特に、死神代行も続けていた黒崎くんは本当に頑張ったと思う。

だから、二人で一緒に合格できて本当に嬉しかった。

でも、黒崎くんが受験した大学は県外。
もうすぐ黒崎くんは、新しい生活の為に空座の町を出ていく。

そして私と黒崎くんは、遠距離恋愛になる。
最低でも、6年間の。

だから、その前に…って。
「二人とも合格したら」って、「ハジメテ予約したから」って。

…そう、約束したから…って…。




「…井上…?」

黒崎くんが、不安そうに私の名前を呼ぶ。

「な、何でもないよ!た、ただ…その…こういうときって、どうしたらいいのか解らなくて…えへへ、ごめんね。」

はっとした私は黒崎くんに心配かけたくなくて精一杯の笑顔を作った。

「そんなの、俺も同じだっての…。えっと…その…とりあえず、ベッド…行くか?」

言葉を選ぶ様に、けれど思い切った様にそう言う黒崎くん。
照れた様な、困った様なその顔に、また胸がきゅうって鳴る。

…好き。やっぱり大好き。

じわじわと込み上げる想い。
泣きたいくらいに。

3年間、ずっと想い続けた人。

5回生まれ変わっても、きっと好きになる人。

…だから。

「…うん…。」

私はこくりと首を縦に動かした。






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