□Light of love
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金曜の夜。
久しぶりに職場の親しい仲間数人と飲んだ。

「悪い、先に出るから会計よろしくな。端数はいらねぇから。」

札数枚を友人に手渡した俺は、ポケットを探りつつ一足先に席を立つ。

「黒崎、結構ヘビーなのな。早死にするぜ?」
「そうそう。今時の喫煙者への風当たりは強いんだぜぇ。」

俺は、酒に酔った赤い顔で笑う友人を振り返ることもなく、店の扉を閉めて。
そして、その居酒屋の出入り口でポケットから取り出した煙草をふかし始めた。

目の前を足早に通り過ぎる他人をぼんやりと眺めながら、深く吸い込んで。
吐き出した白い煙はゆらゆらと立ち上り、やがて夜空へと消えていく。

…別に、どうでもいい。

身体に悪いとか、早死にとか。
だって俺は、長生きしたいとか、楽に死にたいとか、考えていないから。

今はただ、この胸の痛みを麻痺させてくれる何かが欲しくて。
何も考えずに、ただ時が流れてくれるのを待っているだけだ。

もう半年も経つのに、癒えることのない傷。
慣れることのない、オマエのいない左側。

そうだ、確か今日でちょうど。
…井上と別れて、半年。










《Light of love》











…半年前の今日。

俺は残業を何とか片付け、井上と待ち合わせたレストランへと向かっていた。

俺の上着のポケットには、なけなしの勇気と給料3カ月分の指輪。

お互い、就職して仕事にもそれなりに慣れて。
なかなか合わない都合をなんとかつけてのデートでは、ポツポツと結婚を意識した会話も出始めていた。

欲のない井上は「いつか、黒崎くんと可愛い子供と一緒に暮らせるのなら、それ以上に望むものなんて何もない」と言ってくれて。
井上の望む「ごく普通の平凡な家庭」って夢を、俺が叶えてやれたら…って。

…そんな思いを胸に、俺が逸る気持ちを抑えながらレストランに向かっていれば。
突然目の前に、フッ…と音もなく誰かが空から舞い降りた。

「…誰だ?」

俺に無言で歩み寄るソイツにそう問いかけながらも、空から人が降りてくるなんざ、尸魂界絡みしかないことぐらい解っていて。
ソイツは俺の前で歩みを止めると、恭しく一礼した。

「…黒崎一護。四十六室からの伝令を伝えに来た。」

「四十六室」の名にいい印象はまるで持ち合わせていなかった俺は、思わず眉間に皺を寄せる。

「…死神代行復帰は無理だぜ?医療業界は死神代行と兼業できる様な、余裕のある現場じゃないんでな。」
「…そうではない。」

死神代行引退後も、俺が尸魂界から監視されていることぐらいは百も承知だった。
それでも突然現れた「四十六室の使い」とやらの意図が読めず、警戒心を抱く俺。
しかし、ソイツは俺の腹を探ることもせず、一切の感情を伴わずに俺に要件を告げた。

「…貴方に、井上織姫との関係を、絶っていただきたい。」
「…な…に…?」

あまりの衝撃に、咄嗟に返す言葉も見つからず、唖然とする俺。
やがてジワジワと沸いてくる怒りに拳を震わせながら、それでも俺は精一杯の理性を保ち問いかける。

「…どういう意味だ?」
「言葉の通りだ。」

能面の様な顔であっさりとそう告げるソイツに、気付けば俺は感情のままに叫んでいた。

「ふざけんじゃねぇぞ!テメェらにそんなこと言われる筋合いはねぇ!!」
「…我々は、現世と尸魂界、双方の秩序の安定を望む。」
「…意味が解らねぇよ…!」

怒りを必死に抑えつつ睨み付ける俺の視線の先、ソイツは淡々と続ける。

「貴方はその内側に、死神と滅却師、さらに虚を混在させている。そして隊長クラスを悠に凌ぐ力の持ち主だ。…そんな貴方が、『神の領域を侵す』と言われた井上織姫と交わり、子を成したとすれば…果たしてどのような子が生まれると思う?」
「な…!」
「双方の力を引き継いだ、恐ろしく強大な力を持った子が生まれ、そしてその子が愛染の様に道を踏み外せば…現世と尸魂界、双方の脅威と言う他はない。」
「…ぐ…う、ウルセェ!」

ソイツの勝手な言い分に、咄嗟に反論できない自分が悔しくて、俺はギリッと歯を鳴らす。

「…愛染の作りし悪しき輪廻は、ここで絶つべきなのだ。貴方が井上織姫を愛しているなら…選択肢は1つしかない。」
「だからそれをテメェらに指図される筋合いはねぇんだよ!」

俺が繰り出した拳をスルリと交わし、ソイツはふわりと空に舞い上がった。

「…要件は以上だ。失礼する。」
「畜生!待ちやがれ!」

そして俺を振り返ることもせず姿を消した夜空に、俺の叫びだけが虚しく吸い込まれていった…。










その後、俺は井上がレストランで待っているのを知りながら、公園のベンチに座りこんでいた。

…四十六室なんざ、少しも怖くない。
あんなヤツらが束でかかってきたところで、負ける気はしない。

…ただ。

俺は、井上が望む「普通の家庭」を、本当に彼女にもたらすことが出来るのか。

俺の持つ、死神と滅却師と虚の遺伝子を受け継いだ子供が、井上のお腹から生まれるとしたら。
…それは果たして、ヒトと呼べるのか。

…そして。

子供の頃から霊力が強く、グランドフィッシャーが見えたばかりに、お袋を死なせた俺。
もしあの悲劇が、いつか井上と俺の子供に再び起きるとしたら…。

『井上を本当に愛しているのなら』

右手をポケットに突っ込み、指輪の入った小箱をギュッと握り締めたまま、俺は唇を噛み締めた。










30分後、俺がプロポーズをする筈だったそのレストランは、俺と井上の破局の場所になった。

散々待たせたのに、俺をとびきりの笑顔で迎えてくれた井上に、一言。

「飽きたから、別れよう。」

…そう、告げた。




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