□キミはボクの薬箱
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「じゃあ、一兄をよろしくね、織姫ちゃん。」
「必要な物を買ったら、すぐ戻ってくるからね。」
「夏梨ちゃんと遊子ちゃんも気をつけてね。慌てなくていいから、ゆっくり買い物してきて!金曜日の夕方は特売なんだから!」

そう言って、遊子と夏梨を笑顔で送り出した織姫は、玄関の扉を閉めると階段を駆け上り、「15」のプレートが掛かった部屋のドアを努めて静かに開ける。

ベッドの向こうにある窓から見えるのは、夕焼けの中、近くのスーパーへ向かって走っていく夏梨と遊子の小さな後ろ姿。

…そしてベッドでは、冷却シートを額に貼り付けた一護が、僅かに赤らんだ顔で寝息を立てていた。














《キミはボクの薬箱》











「…井上?」
「あ…黒崎くん、起きちゃった?」

程なくして、一護が覚醒した。
けだるさを感じながら、一護がゆるゆると瞼を上げれば、そこには胡桃色の長い髪。

一護は数回瞬きした後、その柔らかな髪に手を伸ばしながら口を開いた。

「…何で、ここに…?」

ベッドのすぐ横に腰を下ろしていた織姫の髪を、一房手に取って。
一護がそう問い掛ければ、織姫は一護の顔を覗き込みながらふわりと微笑んだ。

「何で…って、お見舞いだよ。あと、お留守番。」
「…留守番?」
「うん。一心のおじさまは、少し前に訪問診療に出掛けられたの。遊子ちゃんと夏梨ちゃんは、黒崎くんの為に消化のいい物を買ってくるって、ついさっきスーパーに。」
「…そっか。悪いな。」
「ううん!全然!」


一護と付き合い始めてすぐ、まるで家族の一員のように黒崎家に受け入れられた織姫。
今日も今日とて、織姫が授業のノートと越智から預かったプリントを片手に黒崎家を訪ねれば、珍しく発熱した一護との留守を任されたのだった。

「何かね、黒崎くん家の仲間に入れてもらえてるみたいで、嬉しいんだ。」
「ったく、ホントお人好しだよな、井上は…。」

笑顔で答える織姫に呆れた様に呟きながら、一護はついさっきまで熱にうなされ、眉間に深く刻まれていた皺が緩んでいくのを自覚する。

織姫が傍にいて、心配してくれる…ただそれだけで、心身が穏やかになっていく感覚。
それは、幼い頃、病気になった自分に寄り添ってくれていた母親の思い出とどこか似ていて。
ついさっき一心に処方された薬より、織姫の存在の方がずっと効き目がある…そう思えた。

「よ…っと。心配かけて悪かったな。」

一護が冷却効果のなくなったシートを額からペラリと剥がし、ゆっくりと上体を起こす。
織姫は慌てて一護の両肩に手をかけ、それを止めようとした。

「だ、ダメだよ!まだ寝てなくちゃ!」
「…大した熱じゃねぇよ、もう下がった。」

頑丈さだけには自信のあった一護にとって、久しぶりの発熱は酷く退屈であり、気恥ずかしくもあって。
特に織姫の前では、彼女に心配をかけたくない気持ちと情けない顔を見せたくない気持ち、双方が働いて、つい強がってしまうのだ。

しかし、織姫もまた一護の「大丈夫」ほど信用の置けないものはないことを十二分に承知していた。
織姫は一護の枕元に置いてある体温計に手を伸ばす。
…そして。

「おでこを冷やしてたから、下がった気がするだけだよ!ちゃんと熱を計ろう、ね?」

そう言って、一護のパジャマの胸元をぐっと開くと、一護の脇へと体温計を差し入れた。

「……!」

…おそらくは、無自覚。

今も、織姫の視線はどんどん上がっていく体温計の数字だけに注がれている。

けれど、一護にとって、それは。

(やべぇ、な…。)

大きくはだけた自分の胸板を、微かにくすぐる織姫の吐息。
一護に頬に触れるか触れないかの距離にある胡桃色の髪からは、甘い香りが漂って。

…1ヶ月前、織姫と一線を越えたばかりの一護にとって、それは禁断の果実を目の前に差し出されたに等しかった。
既にその甘美な味を知ってしまった身体は、一護の意思とも体調とも無関係に疼き始める。

「…38℃!ほら、やっぱりまだこんなにお熱があるよ!」

しかし、一護の視線が発熱とは違う熱を帯び始めたことなど露知らず、織姫は体温計の示した数字に声を上げる。
そして、再び身体を横にするよう促そうと、一護の両肩に手を伸ばした。

「ほらね、黒崎くん。もう少し休んで…。」

けれど、一護によってパシリと捕らえられる織姫の手。
予想外の一護の反応にきょとんとする織姫に、ニヤリ…と笑って。
一護は唖然とする織姫の制服の上着に手を掛ける。

「く、黒崎くん…?」
「…なぁ、井上。熱を下げるのに、適度に汗をかくといいって知ってるか?」
「…う、うん…?」
「じゃあ…付き合ってくれよ。」

そう言うと同時に、一護は織姫の上着をするりと取り払って。
その華奢な身体を自分のベッドへと引きずり込んだ。

「え…ええっ!?ま、待って、黒崎くん…!」

漸く、一護の意図に気がついた織姫が慌ててその身体を押し返そうとしたが、既に時遅く。
一護に完全に組み敷かれた身体は、どう足掻いても自由になることはなかった。

「…何だよ?」
「だって、黒崎くん熱が…!」
「だから、大したことねぇんだって。」
「それに、ここ黒崎くんの家だよ!もし遊子ちゃん達が帰って来ちゃったら…!」
「その前に終わるように、井上が抵抗しなきゃいいんだよ。」
「そ、んなぁ…っ…ん…んぅ…っ…。」

織姫の言葉は、一護の唇に塞がれ、飲み込まれ。

織姫の意思とは裏腹に、そのまま甘い吐息へと変わっていった。




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