□恋愛課外授業
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「ぷはー、上手い!」

小さな居酒屋の、カウンター席の片隅。

ビールの入っていたグラスを一気にカラにし、恋次がダン…とカウンターにグラスを置く。

今日は、久しぶりに恋次と2人で「居酒屋・六車」で飲むことになった。

いつもなら夜はだいたい一緒にいる井上は、今日は職場の女性陣との食事会。

まぁ、たまにはこんな風に男2人で酒を飲みながらあれこれ話すのも悪くねぇしな。

恋次も朽木主任から相変わらずしごかれていて、日々ストレスが溜まっているんだろう…さっきからそりゃあ美味そうにビールを飲み、枝豆を口に放り込んでいる。

「なぁ、一護。」
「ん?」
「お前、井上とはどうなんだ?」
「へ?」






《恋愛課外授業》








「どう…って、別に上手くいってると思うけど?」

俺もまたビールのグラスを傾けながらそう言えば、恋次は少し赤くなり始めた顔でニヤリ…と笑って。

「ばぁか。んなこたぁ見てりゃ解るっての!そうじゃなくて、井上とどこまでいってんだって話だよ!」
「は?」
「か〜っ、とぼけんなよ!もうあの特盛ぐらい揉んだのかって聞いてんだよ!」
「ぶはぁっっ!」
「うわっ!汚ね……って、痛てぇな!」

思わずビールを吹き出してしまった俺は、直後に恋次の頭に拳骨を落としていた。
じろり…武骨で無口な大将の、騒いでいる俺達を睨むような視線を感じて、俺と恋次は慌てて声を潜める。

「一護…いくら親しいからって、普通職場の先輩の頭を殴ったりしねぇぞ?しかも今、結構全力だっただろ?」
「う、うるせぇな!恋次がしょーもねぇこと言うからだろ!」

赤い頭を赤い顔でさする恋次。
俺は反射的に恋次を殴ってしまったことを内心では反省しつつ、だがしかし悪いのは恋次だから…と謝る代わりに目の前のサンマを控え目に恋次側にスライドした。

「…で、どうなんだ?」
「は?」
「もう揉んだのか?」
「はぁ?」
「まだなのか?」
「………。」
「…まだなんだな……って、痛ぇよ!だから先輩の頭を勢いで殴るな!」
「か、勝手に決めんじゃねぇよ!」
「お前の顔にそう書いてあるんだよ!」
「うるせぇ!やっぱり俺のサンマ返せ!」
「あ〜…お客さん…。」

ドォン…という効果音を背中に背負った大将が、再び大声で叫びだした俺達の前にカウンター越しに立ちはだかる。
上からの突き刺さるような視線に、俺と恋次は身体を小さくした。

「す…すんません…。」
「あの…ビール1本追加で…。あと、ポテトと刺身も…。」
「…承知。」

格闘家のような風貌の大将は、低い声でそう呟き、ドン!とビール瓶を俺と恋次の間に置く。
俺は恐る恐るそれに手を伸ばし、栓を開けて空のグラスに静かに注いだ。

「…にしても、一護と井上って付き合いだして結構経つよな?お前、よく我慢できるなぁ。あのアイドルみたいに可愛くて特盛な井上が彼女で、毎日隣にいるんだろ?」
「……。」
「念の為聞くが…さすがにキスぐらいはしてんだろうな?」
「そ、それぐらいはとっくに…。」

そう、キスとスキンシップなら、とっくに、だ。

井上も俺とじゃれあうのは好きみたいで、井上の部屋でテレビを見ながら、あるいはのんびりだべりながら、キスしたり、ハグしたり…。
まぁ職場仲間の恋次に、そんなこと具体的に話せやしないんだけど。

「そっか。けど、井上は一人暮らしだし、帰りはだいたいお前が井上を送ってるし…チャンスなんか掃いて捨てるほどあるじゃねぇか。何で遠慮してんだよ。」
「え、遠慮って訳でもねぇけど…。」

サンマをせっせと箸で口に運びながら、横目で俺を見る恋次。
俺はこの際、一応ルキアという嫁がいる恋次に、恋愛相談をすることにした。

「ふーん。じゃ、何で?」
「井上と、どうしたらそういう雰囲気になるのかが解らねぇんだ…。」

そう、キスやハグだけなら問題ない。

井上の身体はびっくりするぐらいに柔らかくて、いい匂いで…仕事の疲れなんてあっという間に吹っ飛ぶぐらいの癒やしパワーを持っていて。

…けれど、真っ白な心で「黒崎くん、大好き」と無邪気に告げる井上の笑顔を見るたび、胸板に「ふにゅっ」と当たる特盛に脳内がピンク色になる俺との間には、やっぱり温度差がある気がして…。

「あ〜、成る程。確かお前、井上が初カノだっけ?」
「お、おう…。」
「あの感じだと、井上もお前が多分初カレっぽいしな。お互い手管を知らなくて、しかも井上は超天然と来てる。更に職場恋愛。まぁ、苦戦は免れねぇかもな。」
「ぐ…。」

恋次の最もな言い分に、言葉を詰まらせる俺。

そう、お互いに経験不足な上に井上は超天然なんだよなぁ。
や、だからって井上があらゆる恋愛を豊富にしてても嫌なんだけど。

「解りやすいぐらいのアピールで井上に迫らなきゃダメなんじゃねぇ?」
「そりゃ俺だってそう思って、これまで結構思い切った時もあったんだけどな。…全部かわされた。」
「へえ…例えば?」
「以前、思い切って俺が『オマエを抱きたい』って言ったら、『私も〜!』ってぎゅーっと抱きつかれて終わった。」
「……他には?」
「あとは…『なぁ、今晩帰りたくねぇんだ。泊まってっていいか?』って言ったら、『黒崎くん車の運転も辛いぐらいにお疲れなんだね。何にもない部屋だけど、どうぞ!』…って言われて、普通に泊まって終わった。」
「…やっぱり井上には解りやすく『特盛揉ませてくれ』ぐらい言わねぇとダメなんじゃね?…って、痛ぇな!だから殴るな!」
「言えるかボケ!」
「…お客さん…。」
「あ…。」
「す、すいません本当に…。」

仏の顔もなんとやら。
そろそろこめかみに血管が浮いてきそうな大将に真正面に立たれた俺達は、残ったビールと料理を全て口に突っ込み、慌てて席を立った。

「なぁ、一護。」
「あ?」

会計を済ませ、暖簾をくぐったところで恋次に名を呼ばれた俺が振り返れば。

「まぁ…これは俺の勘だけどさ。多分、お前と井上の場合、そういう『タイミング』が、来るべきときに来るんじゃねぇかって気がするぞ?」
「タイミング…?」
「ああ。何つーか、お前が意識して作り上げたムードとか、そんなんじゃなくてさ。あくまで自然に、2人の間に起きるべくして起きる『タイミング』だ。」
「恋次…。」
「ま、そのタイミングが来るのが3年後か5年後か知らねぇけどな!…って、痛ぇな!」
「んなに待てるかよ!」

その恋次の言葉が、色んな意味で全く的外れとも思えなくて。
俺は恋次の赤い頭をまた殴っていた…。




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