□コンプレックス
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「…まぁ、よく言うよな、それ。」
「く、黒崎くん知ってたんだぁ…。」

井上の口から飛び出た予想外の言葉にとりあえず相槌を打てば、井上は「何故教えてくれなかったのか」みたいな顔をしている。

「いや、それで何か問題あるか?」

縮むんならともかく、デカくなるんなら別にいいんじゃねぇの?…何て軽く考えていたら。

「あるもん。私…もうこれ以上大きくなってほしくないんだもん。」

そう言う井上の表情はいたって深刻で。

「…私…自分の胸…好きじゃないんだもん…。」

井上は俯いたまま、沈んだ声でポツリと呟いた。

「…何で?」

其処らのグラビアアイドルにだって負けないスタイルの良さが、自慢どころか悩みだという井上に思わず聞き返す。

「だ、だって…!ちょうどいいサイズの下着がなかなかないし、あっても可愛くなかったり、すごく高かったりするし!服もね、胸のところだけパツパツになってボタンが飛んじゃったりして!走ると重いし、肩は凝るし!胸をジロジロ見られたり、からかわれたりもして…。」
「そ、そうなのか…。」

そ、そんなにデメリットがあるのか、この胸に。
男の俺には永久に理解できない悩みだな。
いや、女の中でも井上のこの悩みを共有できるヤツは少数なんだろうけど…。

そう思いつつ、俺の視線もつい井上の胸に行ったりして…。

「友達はみんな『贅沢な悩みだ』って笑うけど…コンプレックスなの、本当に。」

恥ずかしいからか、俺の肩に顔を埋めてくる井上。
とりあえず、嫌われたとか「身体目当て」みたいな変な誤解されたとかじゃないことが解って、ホッとしたけれど。

だからと言って「じゃあ諦めます」なんてことも言えるほど出来た男でもないぞ、俺は。

「…一応、井上の理屈は解ったよ。けど、揉まれると胸がデカくなるって、いわゆる俗説っていうか、迷信っていうか…科学的根拠とか特にないと思うぜ?」
「そ、そうなの?」

そんなもんに俺と井上の関係を邪魔されてたまるかっての。

「あと…な。」
「あと?」

俺をじっと見つめて続きを待つ井上。
俺はその視線から逃げる様にそっぽを向くと、ボソッと呟いた。

「その…俺は…嫌いじゃねぇ…。」
「ほえ?」

ちらりと見た井上の目は、そりゃあ純粋で真っ直ぐで、気まずさに誤魔化したくもなったけど。

「だからっ…!その…俺は井上の胸…嫌いじゃねぇっつーか…むしろ、好きっつーか…。」
「……!」

井上の大きな瞳が更にまん丸く見開いていくのが目の端に映る。

ああ、もうガッツリ変態発言じゃねぇか、解ってるよ!

…けど、いつも自分を過小評価してばかりの井上。
例え胸だけだとしても、彼女には「自分を好きじゃない」とか言ってほしくないし…。

…まぁ、嘘でもないし?…みたいな…。

「ご、誤解すんなよ!別に井上のこと胸で好きになった訳じゃねぇぞ。その…なんて言うか…俺は、井上が好きなんだよ。だから…井上の胸だって好きって言うか…ああ、もう訳わかんねぇ!」

言いたいことが、全然上手くまとまらない。

もどかしさにバリバリと頭をかく俺の耳に、井上がクスリと笑った声が聞こえる。

井上をもう一度ちらりと見れば、彼女の顔はさっきまでの憂いた表情からはにかんだ様な笑顔に変わっていた。

「…ありがとう、黒崎くん。」

俺の不器用な変態ギリギリ発言は、それでも井上にちゃんと届いたようで。

「えへへ…やっぱり黒崎くん優しいね。」

そんな言葉と共に、彼女の柔らかい唇が、俺の頬に押し当てられる。

「それに…いっぱい『好き』って言ってもらえて、幸せです。」
「…井上、じゃ、じゃあ…。」

井上の肩を期待を込めてぐっと抱けば、ぴくんっと強ばる井上の身体。

「…やっぱり…す、する…?」
「井上が嫌じゃなけりゃな。」

井上の困っている様な、迷っている様な表情が俺を焦らす。

あくまでも井上に判断を委ねる様な狡い言い方をしながら、多分今の俺からはこの2ヶ月押さえつけていた「井上を抱きたい」オーラが全開。

いや、だって何度サインを出しても、のらりくらりと避けられ、はぐらかされ続けて…井上にだってこの2ヶ月の俺の我慢が多少なりとも伝わっていた筈だ。

「…どうする?井上。」
「…その…。…うん…いいよ…。」

暫く待って、井上から出たのは肯定の答え。

井上は俺の言いたいことをちゃんと汲み取ってくれて、頬を染めながら首をこくんと縦に動かした。

彼女の了解を得た俺は、内心ガッツポーズを決めつつその華奢な身体を俺の腕の中に閉じ込める。

「サンキュな、井上。」

そう告げると同時に、バキッと音を立てて弾け飛ぶ俺の理性の鎖。

俺は解放された欲望そのままに井上の唇を奪った。







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