□君の瞳のフィルター
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腑に落ちない顔をして見せるたつき達に、織姫は笑顔で続ける。

「あのね、黒崎くんは私にだけ特別に優しいとかじゃないの!黒崎くんはみんなに優しくて、誰の為にでも一生懸命になる人なんだよ!」

両手を大きく広げてそう語る織姫。
その瞳はまるで夢の中に住む白馬の王子様について語る少女の様で、たつきの目にはどこか白々しく映った。

「だからね、私はそういう黒崎くんの助けになりたいなって思って!黒崎くんは今『正義の味方』でちょっと忙しいから…私といるのが都合がいいんだよ!」
「正義の味方って…織姫、あんたまたいつもの欲目フィルターがかかってるよ?」

呆れた様に笑うみちるや鈴。
しかしその横で、たつきは複雑な思いで織姫を見つめていた。

…おそらく、「正義の味方」というのは死神業のことで、一護が織姫と一緒にいる方が都合がいいのは間違いないのだろう。

それに一護はクールな外見に似合わず、その実曲がったことを嫌い、正しいと思うことを貫く強さを持っていて。

これまでにも命を懸けて多くの人の命を救ってきたのだ…と織姫からも聞いた。

だから、織姫の一護に対する見立ては間違ってはいない。

…しかし、一方で。

それまでの人生経験から、一護は簡単に第三者に心を開く様な性格ではなく、まして明らかに「異性」を感じさせる相手に対し自ら積極的に関わるなど、織姫以外には考えられず。

何より、一護の織姫を見る瞳の穏やかさが、彼の想いを雄弁に物語っていて。

一護にとって織姫が「特別」であることが、手に取る様に伝わってきた。

だからこそ、たつきをはじめ二人を知る周りの友人達は皆、当人からの報告こそないものの、織姫の片想いは叶ったのだ…と思っていたのだ。

「知らなかったぁ。黒崎くんと織姫、もう公認カップル同然だったのに。」
「…あ!もしかして織姫、それ誰かに言っちゃった?」
「…え?そう言えば…以前告白された人に『黒崎と付き合ってるのか?』って聞かれて…『それは違います』って…。」

織姫の言葉に、たつきは納得した様に頷いて見せた。

「…解ったわ。だから、告白するヤツが増えたのよ。織姫と一護が付き合ってないなら俺にもチャンスがあるかも…って。」
「だって、付き合ってるなんて勘違いされたら、黒崎くんに悪いでしょ?」
「…そう?アイツは満更でもないと思うけどね…。」

(何やってんのよ、一護…あんたの気持ち、織姫に全然伝わってないわよ…。)

深い溜め息を一つ吐いて。

たつきは前髪をかき上げながら、機会があれば一護にそれとなく助言の一つもしてやろう…などと、頭の片隅で考えていた。

その助言の対象が、本棚の向こうにいるとも知らずに…。














織姫達は、借りていた問題集を返却すると、賑やかなお喋りと共にすぐに部屋を出ていった。

再び静けさを取り戻す、教室。
斜めに射し込む夕陽が、ただ1人残った一護の影を長く伸ばす。

教室がオレンジに染まる中、一護は暫く立ち竦んだまま動くことが出来なかった。

先程の織姫の台詞とここ数ヶ月織姫と過ごした日々が、ぐちゃぐちゃと混ざり合い渦を巻いて一護の心を掻き乱す。


…毎日、一緒にいて。
…織姫の部屋で、二人きりで過ごして。
…一緒に虚退治をして。

…勉強中、肩が触れる程に近付いても警戒することもなく。
…一護が思い切って織姫の手に触れれば、ぴくりと反応した後、はにかんだように笑って手を重ねてくれた。

それは、一護にとって『恋人同士のやりとり』に他ならなかった。

確かに、「好きだ」と言葉で告げたことはない。
告げられたこともない。

…それでも。

通じていると、思っていた。
繋がっていると、信じていた。

言葉になんか頼らなくても、大丈夫。

お互いがお互いにとって「友人」「仲間」とは違う「特別」だ…そう解り合えている、だからこそあんなにも無防備な笑顔を自分に向けてくれているのだ…そう確信していた。

…それなのに…。


「…みんなのヒーロー…かよ…。」

眉間に深い皺を寄せ、一護は低い声でそう吐き捨てる様に呟く。

そして手にしていた参考書を本棚に戻し、無言のまま指導室を後にした。






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