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「あ〜…腹減ったなぁ…。」

しばらくは、ベッドの上で余韻に浸っていた俺と井上。
いっそこのまま眠ってしまいたい…とも思ったけれど、夕飯をまだ食べていないことを思い出したら、途端に空腹に襲われた。

テーブルの上には、井上が俺の誕生日だから…と張り切って作ってくれた夕飯が、俺達を待っているのだ。

「そろそろ動いてメシにするか…井上、動けるか?」

俺が腕の中の井上に尋ねれば、まだけだるそうな井上が俺を見上げてこくんと頷く。

「うん、大丈夫だよ…。あのね、黒崎くん。」
「ん?」

労る様に胡桃色の髪を撫でながら、井上の顔を覗き込めば。
井上は俺と目を合わせ、ふわり…と綺麗な微笑をたたえた。

「お誕生日おめでとう、黒崎くん。」
「井上…。」
「私ね、黒崎くんの誕生日だから、今日は黒崎くんの好きな物をいっぱい作ってお祝いしよう…って頑張ってお料理してね。なのに、心のどこかで、素直にお祝いできない自分がいたの。」

俺が上半身をゆっくりと起こせば、井上もまた羽織っていたタオルケットで胸元を隠しながら身体を起こして。
こつり…甘える様に、俺の肩に頭を乗せた。

「だって、今日で黒崎くんが28歳になっちゃうんだもん。ああ、また年の差が開いちゃうんだな、どんなに頑張っても追いつけないんだな…って考えちゃったから…。」
「…そっか。」
「でも…今なら、心の底から『お誕生日おめでとう』って言えるよ。ありがとう、黒崎くん…。」
「いや、この場合『ありがとう』は俺の台詞だろう?誕生日を祝ってもらったのは俺なんだし。」
「ふふ、そっか。」

クスクスと、二人で小さく笑い合って。
けれど、井上はすぐに申し訳なさそうな顔になり、俺を見上げた。

「でも…ごめんね。私、お金がないからプレゼントとか何も買えなくて…。」
「ばぁか。ちゃんと貰ったよ。俺がいちばん欲しかったモノを…さ。」
「え?なぁに?」

…俺のその言葉に、ここに来てきょとんとする井上。
なんて鈍いヤツ。ついさっきまで、俺の腕の中であんなに乱れてたくせに…。
これは17歳だから…っていうより、単純に井上が天然だからなんだろう。

「…さっき俺にくれただろう?オマエの『ハジメテ』をさ。」
「……っ!」

俺のその一言に、「ぼふっ」と音がしそうな程に顔を赤くする井上。

「あ、あ、あの…!」
「さ、メシにしようぜ!」

あわあわする井上にくつくつと笑いながら、脱ぎ散らかした服を手早く身につけて。
次に、俺が剥ぎ取った井上の服を拾い集め、ベッドの上で真っ赤になっている井上に手渡した。

「ほら。早くしねぇと、俺の誕生日が終わっちまうぜ?」
「…うん…そうだね。」

俺がそう言えば、はにかんだ様に…けれどどこまでも素直に井上が笑う。

ああ、そうだ…こんな笑顔が、俺はずっと見たかったんだ。

10年前、高校生だった俺の隣にあった、井上の笑顔。

きっと、彼女がこれからどれだけ年を重ねても、この笑顔に俺は17歳の井上を想うんじゃないか…そんなことを考えながら、服を着る彼女を気遣って、俺は一足先に部屋を出た。













「黒崎くん、座っててね!今すぐに夕食をあっためるから!」

衣服を纏いキッチンに戻った井上は、既にベッドの中とは違う、いつもの明るい井上だった。
俺を食卓に座らせると、レンジとコンロをフル稼働し、てきぱきと料理を温めていく。

「冷蔵庫の中にね、チョコレートケーキもあるんだよ!こんなに夜遅くから食べたら太りそうだけど…まぁいっか。だってせっかくのケーキだもん!」

そんなことを独りごちながら、俺の為にスープを温める井上。

その後ろ姿は、17歳でありながら、家庭的で。

まるで俺の新妻みたいな初々しさが、嬉しくて愛しくて。

俺は静かに椅子から立ち上がると、キッチンに立つ井上を後ろから抱きしめた。

「きゃっ!…く、黒崎くん?」
「あのさ、井上。」
「うん…なぁに?」
「これからもずっと、こうして2人で暮らすならさ。」
「うん。」
「…結婚、しようか。」

本当に、我ながら非常識にも程がある。

告白したその日に、身体を重ねて。
…更に、プロポーズまでしちまうなんて。

けど、さ。

「…よろしくお願いします…。」

俺を振り返った井上が、目を潤ませながらそう言ってくれたんだから、これもアリだよな?

10→0。

2人の未来が、ここから動き出す。














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